ラジカル種は分子内に不対電子を有する化学種として知られており、極めて高い反応性を示すことから、単離は困難とされてきた。しかし、ラジガル中心の立体的保護や、不対電子の非局在化により、その寿命が飛躍的に向上することが明らかにされている。これまでに合成・単離が行われてきた高周期14族元素ラジカルは、どれも環状のπ共役を有するラジカルであり、最も単純な非環状型ラジカルは報告されていなかった。 これまで、ジブロモシランやジクロロゲルミレン・ジオキサン錯体とシリルナトリウムの反応により生じたアニオン種に1電子酸化を行い、対応するシリルラジカル・ゲルミルラジカルの合成を行ってきた。これらのラジカルは、どちらも平面構造をしていることをX線結晶構造解析とESRスペクトルによって明らかにしている。さらに、電子移動型の酸化還元反応を行った結果、カチオン種・アニオン種が得られ、カチオン・ラジカル・アニオン間の電子状態の違いに起因する構造の変化に関して検討を行ってきた。本研究では、中心元素をさらに高周期のスズに置き換えたスタンニルラジカルを合成し、その酸化・還元反応などについて検討した。 スズ中心ラジカルは、ジエチルエーテル中ジクロロスタンニレン・ジオキサン錯体とシリルナトリウムとの反応により合成を行った。自的のスタンニルラジカルはヘキサンから再結晶を行い、燈色の柱状晶として得られた。このラジカルは、先に報告したシリルラジカル及びゲルミルラジカルと向様にスズ周りが完全平面構造をしており、不対電子をP軌道に収容したπ型のラジカルであることを明らかにした。このラジカルの1電子酸化反応により、対アニオンとの相互作用のないスタンニルカチオンの合成・単離にも成功した。また、アルカリ金属との還元反応によりアニオン種の合成にも成功しており、おのおのの化学種間での可逆的な変換が可能であることを明らかにした。
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