本研究では、生物の最小構成単位である細胞の全元素分析及び化学形態別分析として、サケの卵であるイクラ卵細胞を対象に研究を行うことを目的とする。初年度にあたる平成15年度は、卵細胞中ヒ素及び水銀の分析を行った。 まず、卵細胞内液及び細胞膜から50%メタノールにより抽出された成分に含まれるヒ素化学種の分布を調べた。分析にはイオン対逆相HPLC/ICP-MSを用いた。細胞内液では、トリメチル態及びジメチル態の有機態ヒ素化学種がほとんどであった。一方、細胞膜では、無機態のヒ酸イオンが最大であり、細胞内液と膜においてヒ素化学種の分布が異なることが明らかになった。この結果は、酵素阻害剤として毒性を示すヒ酸イオンは卵細胞膜中に多く、卵細胞内液ではその多くがメチル化によって無毒化されていることを示すものである。メチル態ヒ素化学種は生体内で亜鉛代謝の活性化作用があることが知られており、今回得られたヒ素化学種の分布は大変興味深い結果である。 また、卵細胞内液中水銀の分析を行った。用いた分析システムは両性界面活性剤被覆固定相HPLC/ICP-MSであり、これは、試料中の高分子態(分子量10kDa以上)と低分子態の迅速かつ同時分離・検出が可能なシステムである。今回、卵細胞内液から水銀の高分子態化学種と低分子態化学種を検出することが可能となった。低分子態については、硫黄含有アミノ酸であるシステイン結合型の水銀であることを確認した。水銀は硫黄との親和性が大きな元素であるため、高分子態水銀については、タンパク質のアミノ酸残基(システイン)中の硫黄と結合した化学種であることが考えられる。今後、サイズ排除クロマトグラフィーや有機質量分析計を用いて、高分子態水銀化学種の分析を行う予定である。
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