研究概要 |
δ-シアノブチルコバロキシム錯体(δ体)は光照射によりγ,β,α体へと順にシアノブチルが異性化することが知られている。ところがシアノブチル基の付近に嵩高いジフェニルボロンを導入すると、X線回折で観測された光照射による生成物はα体のみであった。IRで光反応を観測したところ、やはりδ体のピークが減ってα体のピークが増えており、γ/β体は確認できなかった。これは従来の、δ→γ→β→αという反応経路を取る場合の挙動と異なっていた。X線やその他分光法では、このδ→α体の反応が、γ/βを経由しているものの反応が早すぎて観察できないのか、全く別の新しい反応機構なのかを決定できなかったため、本研究ではこの反応に伴う水素移動を単結晶中性子回折で追跡し、異性化の反応機構を解明することを目的とした。反応に関与する水素移動であるδ-シアノブチルのα位水素二つを重水素に置換し(-CH_2CH_2CH_2CD_2CN)、この結晶に可視光(680nm)を照射した後、日本原子力研究所JRR-3の回折計BIX-IIIで単結晶中性子回折測定を行った。構造解析の結果、約50%のδ体がα体、-CD(CN)CH_2CH_2CH_2Dに変化しており、シアノブチルのスライドによる生成物、-CD(CN)CHDCH_2CH_3は確認されなかった。この結果から、反応が従来のスライド様式ではなく、光照射で開裂したシアノブチルラジカルが上下反転する新規のメカニズムで進行することが明らかにできた。この成果によって、環境の変化が反応経路を変えることを単結晶中性子構造解析によって観測・証明することができることを示し、中性子回折による水素移動観察は反応機構解明に新しい見方を取り入れたといえる。そして水素移動が重要なポイントになることが多い一般的な有機反応へのさらなる応用の可能性を示した。
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