旧国立N病院における入院患者を対象として、クリティカルパス(標準治療計画)に沿った利用者経験に基づく聞き取り調査(昨年度に実施:精査・加療の目的での計画的な短期入院が行われる慢性疾患である糖尿病患者を対象とし、一対象者につき一回45分から60分程度のインタビュー調査を5〜10回実施)によって得られたデータを、医療社会学的な観点から分析した。データ分析の過程で、新たに必要性が明らかになったデータに関しては、可能な限り追跡・補足調査を行った。インタビュー調査では、慢性疾患患者が現在抱える不安や不満に焦点を当て、患者の「病の経験(意味づけ)」、「語り:ナラティブ」を記述している。 欧米を中心とした先行研究(慢性疾患患者の病む経験を明らかにする諸論考)を踏まえ、日本における健康政策を背景とした「生活習慣病」としての糖尿病を取り巻く状況を整理し、実際の医療現場において生起している医療従事者と患者、患者家族の相互作用に着目した。そのなかで、「病む」という経験がどのように始まり、厳格な食事制限などを含む治療を受け入れていく過程において、患者が直面する困難に、発病に対する自責の感情が存在することを明らかにした。この点は学術論文として既に公表している(『ソシオロジ』第49巻2号)。また自覚症状がない場合に、人々がどのように受療行動に至るのか、途中で治療を中断する背景は何か、について分析した論文を、現在学術雑誌に投稿中である。自覚症状がない場合、人々が同意し、自ら行うことを決意する糖尿病治療は、将来的な合併症予防を目的としたものである。その治療を中止する背景には、治療自体が患者の社会生活を脅かす場合があることを指摘した。さらに、治療中止から治療再開に至る背景には、症状の悪化といった身体感覚ではなく、医学的数値(血糖値など)を基準とした決意がある一方で、具体的な入院の時期に関しては、社会生活上の都合を重視していることが明らかになった。
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