本年度の研究実績は、大きく次の2つの分野に分けることができる。 まず、論文「ポリュビオスとローマ共和政-『歴史』からみた共和政中期のローマ国政-」に代表される研究であるが、この研究は、ローマ政治論として重要な歴史家ポリュビオスの著作を基本史料としながら、前2世紀を中心とする共和政中期における一般市民の政治的重要性の増大と、彼らの重要性の本質を明らかにしようとしたものである。この研究の結果、前160年代からローマでは一般市民の政治的意義が顕著になってきており、さらに、彼らの政治的重要性の内実は、静態的な制度的権利(投票権・裁判権)ではなく、徴兵忌避などにみられる直接的な政治的圧力に基づいていることなどが明確になった。さらに、本研究では、ローマの騎士身分にも考察をくわえている。ポリュビオスの政治論としてもっとも著名なローマの混合政体論を分析する過程で、その民主政的要素の担い手として、一般市民のみならず、富裕者層たる騎士身分のローマ市民を措定すべきだと考え、彼らの政治的・経済的活動を検討しつつ考察を進めたのである。騎士身分と一般市民との具体的関係等については、今後も検討を深めていく必要があろうが、本研究によって、共和政における民主政的要素を重視する近年の学界動向にたいして、騎士身分をも視野にいれたうえで、共和政中期の具体的状況を体系的なかたちで提示できたように思われる。 次は、論文「共和政期ローマ演劇の歴史学的研究-序論-」に代表される研究である。筆者が研究対象とするローマ共和政中期は、喜劇を中心に数種の演劇が盛んに上演された時代であったが、本論文は、ローマ市の多種多様な人々が参集したこの演劇上演の場を、歴史学の立場から捉えていく際の予備的考察である。多くの市民が集まった演劇上演の場は、社会的・政治的にきわめて重要な考察対象となりえるが、わが国では、歴史学の立場からの分析はまったくといっていいほどおこなわれていない。本年度の予備的考察では、演劇上演の日数、演劇の種類、史料の性格、海外の先行研究などをまとめ、今後の研究の指針を定めた。
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