社会性昆虫の一部の種では、産卵能力を完全に失った絶対的不妊個体が報告されており、これらは直接適応度を残せず、唯一の繁殖個体である女王を通じて間接的にしか適応度を稼ぐことしかできないため、究極の利他個体といえる。本研究では、この進化生物学上の問題点を、生態的、遺伝的、系統的側面から調査し、完全不妊ワーカーの進化を促す選択圧の特定と分子系統樹による完全不妊ワーカーの進化回数の推定を目的とした。今年度は、完全不妊種リストの作成と完全不妊ワーカーと生態形質との相関関係を調査するとともに、遺伝解析の予備実験を行った。 1:完全不妊種 Monomoriumは属レベルで完全不妊と考えられてきたが、日本産の6種を解剖した結果、シワヒメアリ(Monomorium lationode)のワーカーは全て卵巣を所持しており、また多くの栄養卵を含んでいた。このことから、この種のワーカーの卵巣は機能的であると考えられた。 2:コロニーサイズ コロニーサイズは大きく変動しており、数十個体のものから一万個体をこえるものまで様々であった。この変動は属間だけでなく属内でも見られた事から、コロニーサイズと完全不妊の発生パターンとの関係性は弱いと推測された。 3:血縁度 完全不妊種のPachycondyla luteipesにおいて血縁度を測定するためマイクロサテライトマーカーを開発したところ、個体群内の遺伝的多様性が著しく低く、近親交配の可能性が示唆された。これは3倍体の雌が見られた事とも一致している。また、コロニーサイズの小さな完全不妊種、Pyramica属、Strumigenys属は非常に狭い場所に集中分布しており、これらの属においても近親交配の可能性が高いと考えられる。今後は、遺伝構造の解析を他の完全不妊種でも行い、完全不妊と近親交配の関係を調べる必要があると考えられる。
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