昨年度まとめた博士論文のテーマをより深め、発展させる考察とともに、それに続く研究課題に関する文献・資料の分析を進め、問題設定の明確化と分析枠組みの構築を行った。本研究では、日本の救貧制度史研究においてありがちであった「前近代から近代へ」「恩恵から権利へ」という二項対立的な枠組みを離れ、恩恵でも権利でもないシティズンシップとしての義務というもう一つの重要な意味を日本近代の言説構造の根底に見出してきた。そして、戦前日本の救貧の歴史を二つの「近代」の相克と融合の過程として読み直し、「近代」や「権利」をめぐる複数の論理やイデオロギーのあり方と、それら相互の関係を見ることができた。それによって、日本近代化の過程で構想され、経験されてきた"個人と「国家」"のあり方が浮き彫りになった。博士論文に続く研究では、救貧における戦前と戦後をめぐる問題を、「前近代」対「近代」という枠組みではなく、二つの「近代」の間を行き来する日本近代の問題として分析していく。これまでの研究によって浮かび上がってきたのは、シティズンシップのイデオロギーの中で発想される"生存の義務"と、シティズンシップの外側に成立する"生存の権利"という二つの意味体系をめぐる問いである。これらをシティズンシップと基本的人権という言葉で表現してもよいだろう。この問いは、占領期の改革を経て、少なくとも名目上は"基本的人権としての生存権"を確立した戦後日本に対して、切実に投げかけられるべきものである。占領期にもたらされた制度の変化は、「国家」に対する個人の権利義務をめぐる言説構造の変動を意味していると、どの程度、どのような意味で言えるのか。制度を意味づける論理やイデオロギーに内在した分析によって、戦後日本の"個人と「国家」"の問題を明らかにするための作業を続けている。
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