反応拡散系において、従来の連続的な表現に基づく手法では現れない、分子の空間的な離散性によってはじめてもたらされる現象の可能性を示した。主な成果は以下の通りである。 1.分子の空間的な離散性により、連続極限では現れない新たな定常状態が生じたり、不安定であるはずの状態に比較的長い時間とどまったりすることがある。状態を異にする領域が空間内で共存する場合もみられる。このような領域の形成について、理論的考察とシミュレーションを進めた。この領域構造は過渡的なものでなく、ある特徴的な大きさを持ち、各状態にある領域の比率もほぼ一定に保たれる。この領域の境界や間隔が保たれる機構を、分子がその寿命の間に拡散する距離(Kuramoto Length)との関係において示した。 2.分子の空間的な離散性が影響するような低濃度の成分が複雑存在する場合に、成分の分布変化のダイナミクスに、連続極限(反応拡散方程式)とどのような違いが生ずるか、反応ネットワークの観点から議論した。 3.酵素反応は、一般に酵素分子の構造変化を伴い、そのためにミリ秒〜秒程度の時間を要する場合もある。この所要時間(ターンオーバー時間)が他の反応や(酵素分子間隔程度の距離での)成分の拡散に要する時間よりも長い場合、その間の過程(ターンオーバー過程)が系の振舞いに影響を及ぼしうる。連続極限かつ空間を含まない場合については、酵素分子間の同期現象に関する先行研究がある。同様の系で、分子の離散性を考えた場合、どのような影響があるか議論した。連続極限では酵素の同期を維持できないパラメタ領域でも、分子の離散性によって、同期が維持される場合があることを示した。
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