精神活動の正確な解明のためには、複雑な神経回路の動作機序を、シナプス単位で一つ一つ記述していくことが必須となる。 本研究によって、グルタミン酸トランスポーター(EAAT)という蛋白質分子の、シナプス伝達特性に対する制御の様式が徐々に明らかになってきた。 EAATは近年、様々な中枢神経系の部位においてシナプス伝達特性を調節しうる蛋白質であることが報告されてきている。しかしながら、脳の一部を切り出した標本を使用しているため、生体内での実際の機能に関する示唆はほとんど得られていなかった。また、EAATには5種類のサブタイプが存在するが、分子生物学的手法以外にこれらを完全に区別する手段はなく、具体的な機能差はほとんど不明であった。 本研究では網膜の最初のシナプス(特に桿体視細胞から桿体入力型双極細胞へのシナプス)伝達に関して、電気刺激を用いた詳細な解析を行ったところ、緩電位によるアナログ的なシナプス伝達の強度特性と時間特性とが干渉しないように、EAATがシナプス伝達の時間経過を一定に揃える役割を担っていることが示された。ここで興味深いことに、この働きにおいてGLAST1はほとんど関与しておらず、EAAC1という別のタイプが関与していることが、EAAC1遺伝子欠損マウスを利用することで確かめられた。しかしながらEAAC1の働きのみでEAAT全体の働きを説明できるわけではなかったことから、このシナプス発現する残りのサブタイプであるEAAT5というタイプが主にシナプス伝達の時間経過を調節していることが明らかになった。 さらにコンピュータシミュレーションによって、EAAT5はシナプスの極近傍に発現しているものだけではなく、より広範囲な細胞外間隙に発現したものまで含めて重要な働きを担っているらしいことが新たに明らかになった。
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