細胞の表現型は、自身の持つ遺伝情報と現在置かれた刹那的な環境のみではなく、個々の細胞が過去に経験した環境条件の違いや、周囲の細胞との相互作用を通じてダイナミックに決定される。細胞のこの履歴依存的な状態決定メカニズムは、適応や分化等の可塑的な生命現象を可能にする必須な条件であると考えられる。 私は昨年度より、個々の細胞が状態を履歴依存的に決定するメカニズムを探る為、細胞周囲の環境条件、相互作用条件を厳密に制御しながら、特定細胞の1細胞長期観察を行う研究を続けている。この研究の中で今年度新たに得られた結果は以下である。 モデル細胞大腸菌の一定環境下における表現型揺らぎの解析 a.分裂周期、成長速度、分裂時の長さは一定環境下でそれぞれ33%、16%、26%の揺らぎを含む。 b.分裂周期は直後の世代から、成長速度、分裂時の長さに関しては2世代経過すると相関関係がなくなる。 c.約5%の確率で現れる分裂時の長さが10μmを超える異常に伸張した細胞は、不等分裂を行う。 d.不等分裂により生じた長い娘細胞はその後の世代でも不等分裂を繰り返しながら伸張状態を維持し続ける。 e.世代ごとの各細胞の状態変化をマルコフ過程と捉え、2次と1次のマルコフ過程のエントロピー差で「エピジェネティクス」を定量的に表現する方法を提唱した。 大腸菌の静止期培養液に対する1細胞応答計測 a.100%静止期培養液に対しては栄養濃度非依存的に全ての細胞が成長・分裂を停止する。更に静止期培養液から新鮮な培地に戻すとその成長・分裂能は変化前の状態に回復する。 b.希釈静止期培養液を環境条件として課した場合、環境変化直後から各細胞は抑制された平均値の周囲を時間的に揺らぐ。
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