昨年度はCOEベクターがゲノムに組み込まれる際に生じるDNA二重鎖切断にヒト初代培養細胞が反応したことによるものと思われる、早期細胞老化が誘導されたため、本年度はクローン単離はせず、ベクター導入後すぐに選択培地中で培養することで実験に用いるまでの分裂回数を減らす工夫をした。それにもかかわらず、X線照射後のリン酸化部位アラニン置換型p53蛋白質のレベルを見るウエスタンブロットを行うのに十分な細胞数まで増殖する細胞は得られなかった。 上記の実験と並行して、ヒト初代培養細胞がベクター導入時に生じると思われる、ごく少数のDNA二重鎖切断でなぜ増殖が抑制されるのかを調べた。この際、DNA二重鎖切断に伴うクロマチン構造変化を認識し、その部位にフォーカスを形成するSer1981リン酸化ATM蛋白質に着目した。本研究で用いているヒト初代培養細胞に低線量のX線照射後、リン酸化ATM蛋白質のフォーカスを経時的に観察した結果、最初に形成されたフォーカスの数は、DNA二重鎖切断修復に伴い経時的に減少したが、長時間残存するフォーカスは明らかに大きくなっていることが分かった。このフォーカスのサイズ増大と増殖抑制のシグナル増幅の関係を明らかとするため、リン酸化ATMフォーカスの直径とSer15リン酸化p53蛋白質の蓄積の関係を調べた結果、フォーカスサイズに比例してリン酸化p53陽性細胞の割合が増加することが分かった。さらに大きなリン酸化ATMフォーカスを持つG1期細胞は永久的にS期に進行できないことも明らかとなった。この結果から、ベクターが導入されたゲノム領域はDNA二重鎖切断再結合後もクロマチンの高次構造が回復しておらず、その部位に大きなリン酸化ATMフォーカスが形成されることによって、その細胞の増殖が抑制されることが示唆された(論文準備中)。
|