研究分担者 |
曹 章祺 上海科技管理幹部学院, 外国語学部, 助教授
業 露華 上海社会科学院, 宗教研究所, 所長
前田 繁樹 山村女子短期大学, 国際文化科, 助教授 (50209376)
横手 裕 京都大学, 人文科学研究所, 助手 (10240201)
原田 二郎 帝京大学, 文学部, 助教授 (60198918)
高橋 忠彦 東京学芸大学, 教育学部, 助教授 (40126107)
YE Luhua Institute of Religious Studies, Shanhai Academy of Social Sciences, Director of
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研究概要 |
道教は、ほぼ紀元2世紀以降、仏教や儒教、医学、薬学、芸能、風俗習慣、体操、武術その他、多方面の文化と密接に関連して發展して来た。本研究はその大陸道教の現状を、(1):道教信仰の規模と深度、すなわち、道教が一般中国人の生活にどの程度浸透しているか、(2):道観の配置・構成や神像などの文物の状況、(3):道教的行事や道教の儀式、道観在住道士や民間の道士の生活、(4):道教協会の組織と経済活動、(5):経典などの文字資料や各種図像資料の収集、(6):仏教や儒教などとの関係,などの諸点から多角的に調査究明した。 1.92年度は9月中旬から2カ月かけ,日本人5名、中国人1名の団を組んで調査を実施した。まず北京白雲観で全国の道教の動向について情報を得てから、遼寧、山東、天津、河南、湖北、江蘇、上海の諸地域の調査を行なった。これらの地域は、江蘇や上海を別にすれば、現代道教の二大宗派の一つである全真教の影響の強い地域であり、各地域の特色と同時に全真教としての特徴にも注意した。遼寧では、潘陽太清宮、千山無量観・五龍宮、丹東大孤山上廟・下廟、本渓鉄刹山など、山東では=山の太清宮・上清宮における道教協会の活動を中心に調査し、牟平や莱州などに残る初期全真教の文物(洞、道像、刻字、遺跡など)も調査した。これらの調査は、かつて行なわれたことのないものである。天津では天后宮や呂祖廟、河南では嵩山中岳廟を中心に洛陽の上清宮・太清宮や呂祖廟を、湖北では武当山紫霄宮・太和宮および武漢長春観を調査した。江蘇では当該年度の例外区として正一教の茅山印宮・頂宮や蘇州玄妙観を調査した。最後に上海の欽賜仰殿の新たな状況を調査して帰国した。 2.93年度も前年同様9月中旬から2カ月間、日本人5名、中国人1名の調査団で浙江、福建、広東、湖南、江西の、長江以南の諸地域の調査を行なった。これらの地域は、現代道教の二大宗派の一つである正一教の影響の強い地域であり、各地域の特色と同時に正一教としての特徴も探った。浙江では、杭州(カ-B)嶺の抱朴道院、温州道教協会など、福建では福州や泉州その他の地に散在する正一教関係の小道観、福建道教の特色を成す媽祖信仰の実態など、広東では、羅浮山の道教、広州の道教協会など、湖南では南岳衡山に展開する5道観の道教、全真教の坤道院である長沙河図鑑など、江西では貴渓天師府などを調査した。最後に上海の龍王廟の調査を行なって帰国した。広州道教は形式的には全真教に属するが、道士が妻帯している点で、正一教の影響も受けている。茅山や龍虎山の道教が華僑などの経済的援助もあって隆盛の機運にあることが目立った。 3.94年度は研究代表者と中国人2名で山西太原の全真教の石窟、山東泰山碧霞祠・泰安王母池の道教活動、江西上饒の三清山の調査などを行なった。太原石窟は日本人の手によって戦前に若干の調査が行なわれた他は、これまでほとんど注目されなかった地域である。山東莢州の石窟と比較し、新たに史料を調査することによって、両者の関係なども明らかになる筈である。上饒の三清山は従来その存在さえ知られていなかった、独特の来歴を持つ正一教の道観である。3年に及ぶ調査の総括として、94年度にはまた『中国の道教』として書物の形で成果を発表するべく、現在準備中である。 4.現段階のおおよそのまとめでは、道教は一般の中国人の生活に極めて深く影響しているとは言えないが、風俗の中に道教の要素が残っていること、道観の配置や構成は、仏教のそれと違ってたいへん変化に富むこと(その意味づけは今後の課題である)、道教の儀式は華僑や富裕中国人の要請によってかなり復活していること、道観在住道士や民間道士の生活も向上し、道教協会の組織化が活発化していること、民間では道教仏教の区別は曖昧であることなどが指摘できる。
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