研究課題
国際学術研究
パキスタン北部で、乾燥ヒマ-ルの高山帯植物相のもつ諸特性について、または、ブ-タン中部で、湿潤ヒマ-ルの高山帯植物相の諸特性について、以下の調査を行なった。1)高山帯植生を調査し、標本を作成し持ち帰った。2)セーター植物など特異な形態をした植物の光合成、葉温度、蒸発散、紫外線量の測定を行なった。また、合せて形態学的特性を解析するための資料を収集した。3)放牧家畜と植生の関係を調査した。4)ホシクサ科、カヤツリグサ科、バラ科、ベンケイソウ科、ユキノシタ科、ツリフネソウ科などの形態、繁殖方法などの観察と、染色体観察のための試料および証拠標本の採集を行なった。5)調査を行った地域の植生配置を調べた。調査の途中で、パキスタンからの研究分担者2名とネパールからの研究分担者1名を招へいして、これまでの調査研究を解析し、検討を行い成果取りまとめに向け、論文執筆等の分担、内容をつめた。これらの調査や検討によって以下の点が指摘された。1)湿潤ヒマ-ルと乾燥ヒマ-ルの植物相は一見するとまったく異質にみえるが、典型的な乾燥ヒマ-ルであるパキスタン北部の山岳地帯でも、周氷河地帯や河川に沿う湿性地には湿潤ヒマ-ルの植物相要素が入り込んできている。反対に、湿潤ヒマ-ルにおいても、乾燥ヒマ-ルの要素は北側斜面を中心とした局部的な乾燥地に分布を広げている。本質的な植物相の境界はヒマラヤには存在しない。2)湿潤・乾燥により際だったヒマラヤの東西差よりも高山帯と亜高山帯以下の間の植物相に見られる組成差は大きい。乾燥・湿潤ヒマ-ルを通して、高山帯の植物相は亜高山帯以下の植物相とはほとんど関係なく、中央アジアを介してユーラシア温帯から周北極地域にいたる地域の植物相と密接な関係が示唆された。3)乾燥ヒマ-ルの植物相は、ヒマラヤとヒマラヤ外の2つの植物相に共通する要素を含む。乾燥ヒマ-ルでの植物相の地域海における要素間の比率は、その地域の乾燥の度合に対応すると推定される。3つの関連する植物相とは、1)地中海地域植物相、2)中央アジア植物相、および3)ヒマラヤ植物相である。4)乾燥ヒマ-ルには温室植物やセーター植物は見出されなかったが、トウヒレン属(キク科)では類似形態をもつ種があった。これまで温室植物とセーター植物の由来を単一の条件への適応ととらえてきたが、適応は種によって異なり、全体としては複数の条件への適応としてとらえる必要があると考えられた。5)セーター植物の毛や温室植物の半透明葉は有毒が紫外線から生殖細胞を保獲する機能もあることが示唆された。6)湿潤ヒマ-ルのネパールとブ-タンでは類似の植物相をもつが、面積あたりの種多様度はブ-タンの方が大きい。7)イグサ属(イグサ科)ではネパールとブ-タンで、種の垂直分布に並行性が見い出された。8)イグサ科、ツリフネソウ科、バラ科などでは種レベルの分類が不完全であったが、これを再検討するに十分な資料を収集することができた。現在、種族誌を取りまとめ中である。9)放牧が植生に及ぼす影響を解析することができた。現在の高山帯植生の成立を考察する際にその影響を軽視できない。過放牧の結果成立する植生が乾燥ヒマ-ルと湿潤ヒマ-ルでは異なることが明らになった。10)乾燥ヒマ-ル高山帯の植物相は、少なくともパキスタンでは、種の分類学的解析が不十分なため、その類縁、ヒマラヤの他地域の植物相との比較に多くの困難がともなう。早急にその分類学的研究が必要である。
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