本研究は、急速に発展しつつあるアジア地域の発展途上国の海岸線において、農業開発あるいは都市・港湾開発によって海岸環境にどの様な変化がもたらされているかを定量的にとらえようとするものである。本年度はまず、インドネシアについて集中的な調査を行い、昨年度に引き続いてタイの調査を行った。またフィリピンについては本格的な調査の前段階としての予備調査を行った。さらに、ベトナム国の分担者であるAn Ngoc Nguyen講師は横浜に出張し、日本側研究者とともに昨年度のベトナム調査の取りまとめを行った。 まずインドネシアおよびタイ両国を主な調査先として、日本側の研究者が出張し、沿岸の環境問題をインドネシアについてはMasimin講師、タイについてはSuphat教授、Sutat助教授と共同で、環境変化の具体例について検討した。インドネシア国ではおもにジャワ北海岸の石油基地周辺の泥浜海岸、ジャワ島南部の低開発地域、バリ島の侵食海浜、カリマンタン島南部の河口部、スマトラ島北西部の侵食海岸を主な調査対象とした。また、タイ国ではチャオプラヤ川河口部を主な検討領域として、Suphat教授と共同研究を行った。さらにフィリピンに出張し、Alejandrino教授と海岸環境問題の共同研究の打ち合せおよび情報交換を行った。 本研究の目的は、急速に発展しつつあるアジア地域の発展途上国の海岸線において、農業開発あるいは都市・港湾開発によって海岸環境にどの様な変化がもたらされているかを定量的にとらえようとするものであり、その一例として平成5年度はインドネシア、タイ、フィリピンにおける開発と沿岸環境の変化の関係について調査、検証を行った。これらの地域での海岸線は現在大きな変化に直面している。その第一のものは沿岸地域の開発の進行であり、埋め立てや浚渫による港湾の建設は沿岸部の浅海域を消失させ、生態系に大きな変化をもたらす。また、工業地域や都市部の排水、さらには沿岸部での魚介類の養殖による海水の汚染・富栄養化も深刻な問題となる。さらに人口の増加にともなう森林の伐採により、チャオプラヤ川など大河川流域地域の荒れ地化が急速に進行しており、これらの開発にともない、降雨により洗い出された土砂は河川によって運ばれ、最終的には河口に沈澱し沿岸の環境を大きく変化させてしまう。これらの地域での開発のテンポは、かつてどのような地域も経験したことがないほど急激なものであり、早急に調査・検討することが必要である。以上のような背景をふまえ、本研究はこれらの過程にともなって生じる沿岸の環境変化の実態を調査・解析することを目的とした。アジア地域全体を見ると、タイ、マレーシア、インドネシアに代表される今まさに変化が起こりつつある国と、ベトナム、バングラデシュのように変化から取り残されており、これからの変化が研究対象となる国とに大別できる。本研究では日本の経験と比較しつつ海岸環境変化の過程を国別に比較しつつ論じ、これからのそれぞれの国での開発のあり方について考察を加えた。 一般に海岸環境システムの変化は複雑な因果関係から成立しており、現在の工学をもってしても予測できる時間的空間的な範囲は限られている。途上国の沿岸域開発における問題は、工学的知識の欠如とそれに起因する輻輳化した沿岸域の利用にある。国の施策として臨海型産業を育成しようとする要求が性急かつ無配慮な開発に結びつく場合に、急激な沿岸環境システムの変化が生じている。 日本では明治以来、沿岸域の開発を積極的に行ってきたため、開発当時には予期できなかった環境システムの変化を数多く経験してきている。信濃川大河津分水路の通水による新潟海岸の急速な侵食、埋め立て用土砂の採取のためにあけられた東京湾海底の大きな穴に起因する青潮の発生などを例として挙げることが出来る。これらの事例は、開発行為というインパクトに対して環境システムの変化が時間的に遅れて立ち現われた例である。このことは開発の対象・内容・規模により環境システム変化との因果関係の複雑さや変化の出現期間に差異があることを示唆する。全地球規模で環境システムが変動しつつある今日、解析手法を持つ工学研究者の立場から発展途上国の沿岸開発に対して具体的に助言していくことが重要である。失敗例を含めて、日本が蓄積してきた経験と知見を活用する時である。
|