研究課題
国際学術研究
本研究はギニア国南東部のボッソウにおける野生チンパンジーを中心に、異なる環境に生息する霊長類の行動と生態を明らかにするべく調査を重ねてきた。ボッソウでは多くの道具使用行動が発見・観察され、野外実験もふくめて詳細な分析的記録収集に入るとともに(1-4)、約10km離れた近隣チンパンジー生息地のニンバ山との地域間関係追跡にも調査の手を広げてきた(5)。ボッソウでは道具使用行動にとどまらず、個体の成長と行動発達(1)、生息地の環境把握と採食生態学的研究をも進めてきた(6)。所期の目的である異なる環境に生息する霊長類の行動生態の比較は、霊長類の生息環境としては両極端であるコートジボアールのタイの熱帯多雨林でグエノン類(7)、カメルーンのカラマルエの乾燥疎開林でパタスザル(8)というオナガザル科の数種を対象にして、それぞれの特徴的行動と生態を環境との関係において明らかにしてきた。以下に成果の概要を示す。1.台石の上に歯では割れない堅い木の実をおいて、もう一つの石で叩いて割るハンマー使用行動は、ボッソウにおいて本研究代表者によって初めて観察されたが、前計画によって個体による完全な利き手のあることが示された。さらに本計画では、ハンマー使用の効果的技術が10歳を過ぎてやっと完成し、利き手もこの過程の中で完成することを明らかにした。叩き割り技術の個体発達過程はVTR記録の分析によって、現在進行中である。2.攻撃的なサファリアリを直接手や口で捕らえずに棒に這いあがらせて大量に捕獲する技術は他地域でも観察されていたが、60本の採取棒を収集した段階でこの行動の季節性、棒の種(species)、特徴、使用者の性年齢、ニンバ山やその他の地域におけるアリ釣り棒との比較を行った。また、1例において堀り棒と釣り棒の複合使用が発見された。3.木の窪みにたまった水を飲むのに葉を口の中でくしゃくしゃにしてスポンジのように水を滲み込ませ、飲む行動について、使用する葉の種類、季節性、使用者の性年齢、行動の詳細等の特徴を明らかにした。4.チンパンジーがアブラヤシの樹頂で堅く長い葉柄を縦杵として使い、樹頂に深さ30cm以上の穴をあけて滲み出た樹液を飲む、新しい道具使用行動を発見した。樹液を飲む際に繊維を集めてスポンジにすることがあるので、これも単一の目的に複数の道具を使う複合道具使用である。5.ニンバ山のコートジボアール側のイアレではCoula edulisの実をハンマーで割るが、この樹種のないボッソウにて試したところ、成雌1頭のみが躊躇なく割り、他の個体は試しもしなかった。やがて未成熟個体がCoula割りを習得したが、この雌のみがCoulaのある地域から移入してきたのだとの仮設をたて、同型の木塊で試したところ、この雌は向きもせず、新しく習得した未成熟個体は躊躇なく割ろうとした。これにより、地域間文化伝播と学習による行動対象の拡大に実験的検証を得た。なお、イアレ地区ではチンパンジーが大量の地上巣を作ることを発見し、この点からも近隣生息地間の行動習性の比較が始まった。6.ボッソウ地域の植物相を完成し、人とチンパンジーの利用種と部位、利用目的をリストアップした。さらに、主たる食物樹の生産量とチンパンジーの採食量を明らかにして、環境許容量と現存量との関係を明らかにする努力を始めた。7.Closedで食物の豊富なタイ(コートジボアール)の熱帯多雨林における樹上性サル類は積極的な異種混群をつくり、異種個体間でラウドコールを鳴き交わして親和的コミュニケーションをとっていることを発見した。さらに異種集団の社会構造の解明に進みつつある。8.Openで食物の乏しいカラマルエ(カメルーン)の乾燥疎開林におけるパタスザルは単雄複雌群をつくり群れ外雄による雌集団の乗っ取りがあるが、子殺しは見られない。食物の乏しい土地で広域に散開した雌たちは群れ外雄と交尾して雄の繁殖独占が成功していないことを、DNA finger printingによって明らかにした。
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