研究概要 |
海抜3,000メートル以上の高地に生息するナキウサギは高地適応モデル動物として唯一期待されている動物である。本調査研究は、中国青海省、チベット、ネパールヒマラヤ等に生息する各種ナキウサギの生態調査、捕獲調査、室内飼育繁殖ならびに各種生物学的特性を調査し、高地医学、環境生理学のモデル動物としての有用性と限界を検討し、国際的な高地適応モデルとし確立すると共に野生動物資源として保存することを目的とするものである。主たる調査国を中国とすることから、かねてより交流のある中国科学院上海実験動物中心と密接な連絡のもとに実施された。 平成4年度については中国青海省に生息するクチグロナキウサギ(Ochotona curzoniae)を低地で飼育・繁殖する開発研究が、金〓蕾主任(上海実験動物中心)との研究交流において前年度から行われており、引き続き、この開発研究への専用飼料や治療薬の提供、施設の保全、技術指導等の支援が行われた。また、海抜5,000メートル以上に生息するナキウサギについてチベット高原に調査隊を派遣した。チベットは中国の自治区で政情も不安であることから、日本からの調査研究での立ち入りは難しいと予想された。金〓蕾主任の調整努力により可能となった。調査行程は、成都から飛行機でラサに入り、ラサから自動車で西ヘシガッツエ、シガ-ル、ロンブク、ザンム-と海抜5,000メートルの峠を縦走し、途中の生息地で捕獲調査を行い、ネパールへと抜けるものであった。チベット高原は砂と石の山々が連なり緑は少ない、狭い緑の平地も現地人は耕作地としていた。牧畜を主とする草原の青海省と比べ、ナキウサギに限らず野生動物も住み憎いものと推察された。シガ-ルの東の海抜4,000メートルの草原においてナキウサギを観察することができた。生息数は比較的多かった。巣穴口の首輪法(割り箸とタコ糸)によりナキウサギ5匹を捕獲することが出来た。体型からクチグロナキウサギと推察された。これら捕獲ナキウサギは、呼吸数、心電図等の生理的データを測定した。また、持ち帰った肝臓標本から上海飼育ナキウサギの死因と推察される真菌(Emmonsia sp.)が検出された。チベット高原南面のザンム-からカトマンズへの道は日差しも温かく、水と緑が多く人々の豊かさを感じた。 平成5年度当初は、上海実験動物中心の鮑世民、張瑞忠により、ラサの北、海抜3,900メートルの羊八井と林周の草原でクチグロナキウサギ102匹を捕獲し78匹(♀39匹♂39匹)を上海実験動物中心に導入した。従来の経験をもとに飼育し約1カ月後、睾丸下降した♂に状態の良い♀を交配し繁殖を試みた。その後、死亡個体が続出し10月までに63匹死亡した。この原因は、寄生虫・細菌等の感染18匹、高温高湿33匹、その他12匹と予想された。死亡個体の解剖によって♀2匹の妊娠が確認された。そこで、本邦への速やかな野生ナキウサギの導入のため、ネパールヒマラヤに調査隊を派遣した。生息状況、捕獲持ち出しの可能性等を事前に確認したが、ヒマラヤの天候は不順で、生息地に到達することが出来なかった。しかし、現地の政府機関との打合せにより、公的な捕獲導入ルートを確保することができた。 一方、中国の世界的な実験動物候補として小型ブタも知られている。ナキウサギに関する各地の調査において、これら小型ブタの情報を得た。そこで、上海松江県の微形香猪(広西州原産)を始めとして、貴州省貴陽の貴州香猪、雲南省西雙版納自治州の版納微形猪、雲南省昆明の微形猪を視察調査することができ、これらの小型ブタはモデル動物として期待されると思われた。 高地に生息するナキウサギを高地適応モデル動物として確立するべく、中国各地に調査隊を派遣する共に現地研究機関との交流により室内飼育繁殖を行いモデル動物としての確立をはかった。中国での飼育繁殖は、捕獲、室内飼育の成功、交配行動の確認、妊娠の確認と当初順調に進歩したが、その後の進展が見られず。今回の試みでも高温高湿、寄生虫等の感染で多数死亡しており、繁殖の成功は、中国における各種技術基盤の涵養とそれらによる総合的な飼育管理システムの確立が必要であるように思えた。 野生資源としてのナキウサギは年々減少していると予想される。モデル動物として確立するためには、本邦に野生動物を直接導入し我々の手により繁殖し開発する必要があると思われた。
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