研究課題
国際学術研究
セルロースは地球上に最も豊富に存在する人類にとってかけがえのない再生産される貴重な有機資源である。それは、古くから衣住において様々な形で用いられ、今後、21世紀のマテリアルサイエンスの中枢をなす高分子材料として注目されている。本研究の目的はセルロースの生成機構を、非合成経路と生合成経路との両面から日米間の国際協力を通して総合的に解明することである。1.高分解能電子顕微鏡による合成セルロースIIの形態観測酵素触媒重合の基質であるフッ化セロビオシルとセルラーゼ(オノヅカ)をアセトニトリル/緩衝液(5:1)中、銅グリッドに吸着させ、2%酢酸ウラニルでネガティブ染色して調製した試料を電子顕微鏡で観察した。t=0では、相分離の跡が観察されるのみであるが、t=30秒、t=60秒では、生成セルロースが相分離の境界から生長している様子が観察された。t=90秒の不定形セルロースは、長時間重合後(t=90分)の形態に類似している。90分後の生成物はセロビオヒドロラーゼ-金錯体により、強力にラベルされた。また、生成物の電子線回折(ED)により、生成セルロースはII型であることが明らかになった。2.高分解能電子顕微鏡による合成セルロースIの形態観測セルラーゼ(オノヅカ)はTrichoderma viride由来の粗酵素であり、数百のタンパク成分を含んでいる。これら成分の中から、合成セルロースの生成に関与している成分を分離・濃縮した結果、重合活性を持つ酵素はこの粗酵素の少量成分であることが分かった。部分精製画分(6本のバンドを含む)を触媒に用い、フッ化セロビオシルの重合を行い、同様に電子顕微鏡で生成物の形態観察を行った。その結果、合成セルロースの中に不定形のセルロースIIに混じって、長いフィブリルが少量観察された。このフィブリルは天然のセルロースIの形態に類似しており、セロビオヒドロラーゼ-金錯体とよく結合した。フィブリル状物質の比率を高めるために、各種反応条件、特に溶媒組成を様々に変えて検討した結果、アセトニトリル/緩衝液比を2:1にした場合が最適であることを見いだした。この条件では、フィブリル状物質の比率が高まり、5:1溶媒の場合よりも、太く長いフィブリル束が定常的に観察された。また、この試料での電子線回折図形は明確なセルロースIのパターンを示した。今回の試験管内での酵素触媒重合によりセルロースIが合成された理由は、酵素の精製により合成活性を持つ成分の濃度が高められたこと、相分離によりミセルが形成されることにより、合成サイトが局在化することによって、一方的にそろった多数のセルロース分子が高い密度で同時成長することが可能になったためと考えられる。以上の知見に基づいて、今後試験管内反応を利用して天然には存在しない分子量や結晶形態を持つ新しいセルロース材料を創出することが可能になるものと思われる。また、これらの結果は明確な反応によってセルロースが生成する過程を観察した初めての例である。今回の協同研究で得られた知見は、セルロースの人工の場での生成機構を生合成経路と比較しながら解明していく上で基礎的かつ重要なものであり、セルロース科学を含む高分子化学ならびに生物学に大きなインパクトを与えた。
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