研究課題
国際学術研究
本研究の目的は、ビッグバン宇宙の初期にその存在が理論的に推定されているクォーク・グルオンプラズマ(QGP)を、地上の実験室で高エネルギー重イオン正面衝突により初めて生成し、それを検出するための大型スペクトロメータの開発である。核子あたり約100Gevのエネルギーを持つ、例えば、金の原子核同士が正面衝突すると、1回の衝突で約5000個の高エネルギー荷電粒子が発生する。これらの粒子を識別して運動量分析の後、計数することは、バックグラウンドの除去や装置の分割数等に関して、これまでの原子核実験や素粒子実験では経験したこともない諸々な技術的な問題を解決しなければならない。上記の条件を満たす世界最初の相対論的重イオン衝突型加速器RHICが米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)で1998年完成を目指して建設中である。この時期に筑波大グループは米国コロンビア大グループ等にと共同して、QGP検出を目的とする大型スペクトロメータPHENIXの建設を提案した。QGPのシグナルは数種類期待されるが、本研究では特に放出ハドロンのチャンネルに注目し、それらを識別・検出する技術開発をおこなった。その際、対象となるハドロンの運動量が0.5〜2.5GeV/c程度と考えられるので、粒子識別方法として最も有効な方法が、高時間分解能飛行時間測定装置(TOF)である。その検出器部分の開発を筑波大グループが、エレクトロニクス部分の開発をコロンビア大グループがそれぞれ担当した。2.5GeV/c以下のπ中間子とK中間子をTOF法で十分分離するためには、PHENIXスペクトロメータに於けるTOF距離を5mとすると時間分解能σ≦100ピコ秒(ps)が優に必要である。この条件の下にさらに、PHENIXにおける前述の生成荷電粒子多重度、立体角、他の検出器との配置のかね合い等から、TOFのシンチレータの形状、大きさが決定された。それは長さが1〜3m,幅と厚さが約1cm程度と特異な形状のものであった。この条件下で時間分解能σ≦100psを達成するためには、以下の様な工夫及びシンチレーターの特性等に関する基本的なテスト及び考察が不可欠であった:1.時間分解能を決める要素の一つとして、光電子増倍管からの信号の立ち上がり時間がある。その最小の立ち上がり時間を得るために光電子増倍管直結型ディスクリミネーター(オンチューブディスクリミネーター)を開発、導入した。レーザーによるテスト及び最小電離ビームによるテストの結果、入力信号の傾きが70%に改善された。2.プラスチックシンチレーターの素材、形状(ファイバー状、バルク状等々)のテスト。3.3m長のシンチレーターを利用して、その光量(パルス高)と時間分解能との入射粒子(レーザー光)との位置依存性をそれぞれ測定した結果、両者共に距離の指数関数となり、その指数係数の関係から光量減衰長と時間分解劣化長とはきれいに2倍の関係にあることが判明した。この事実は、時間分解能が光量(光子数)の統計的ばらつきによって決定されると考えれば直ちに理解できる。4.上記の結果を生かして、素材BC404(バイクロン社)の50cm長、1.2cm×1.2cm断面のプラスチックシンチレーター100本と各々にオンチューブディスクリミネーターを装填した100組のTOF装置を試作した。BNLにおけるビームテストの結果、時間分解能σ〜55psが得られ、かつ時間分布関数は3桁近くの範囲にわたってきれいなガウス分布を示した。この系は直ちにAGSの核子当たり11GeVの固定標的による金+金の反応実験に利用されたが、同時にRHIC-PHENIXスペクトロメーターのTOF装置建設の基盤を十分与えるものとなった。以上の結果は、ジャーナルNuclear Instruments and Methodsに2部に分けて投稿すべく準備中である。さらにまた、我々の開発した飛行時間測定の技術の応用として、従来は光電子や電子の粒子識別やエネルギー測定に用いられてきた電磁カロリメーターを改良して、ハドロンの識別、測定にも適用できる可能性が開かれた。
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