研究課題
国際学術研究
eV領域の運動エネルギーを持つ中性子が原子核と相互作用する際の主な過程は核の光学ポテンシャルによる弾性散乱と複合核を形成する共鳴吸収である。eV領域では共鳴吸収は分離が良く、一つ一つの吸収が充分別れている。原子核が重くなるにつれ、また中性子のエネルギーが高くなるにつれて分離の度合は悪くなっていく。共鳴吸収においては主に軌道角運動量が0である成分が寄与し(s波共鳴)、通常数kb程度の断面積を持つ。軌道角運動量が1であるような成分の吸収(p波共鳴)はs波共鳴に比べて断面積はきわめて小さく数bの程度である。このような小さなp波共鳴でも他のs波共鳴との分離が良ければ充分観測にかかる。ただしs波共鳴はきわめて大きいので、通常p波共鳴は隣にあるs波共鳴の裾野の上に乗っていることが多い。さて一般に複合核共鳴は弾性散乱などの直接過程に比べて相互作用している時間がきわめて長く、ある寿命を持つ複合核状態が保たれていると解釈できる。よってp波共鳴状態はパリティの異なるs波共鳴の成分と長時間共存することになる。その間にパリティの混合が積み重なり結果的に大きな空間反転の破れを示す場合がある。このようなp波共鳴においては空間反転と時間反転対称性を同時に破る相互作用も空間反転対称性の破れと同様に増幅されることが理論的に予測されており、時間反転対称性の破れの測定の新しい可能性として期待されている。空間反転対称性の破れの増幅機構の解明はそれ自身が重要であるだけでなく、時間反転対称性の破れの測定の可能性も含んでおり、きわめて重要な課題である。ロスアラモス研究所における共同実験においては、主に空間反転対称性の破れについてのきわめて高精度の測定実験を行った。測定は標的の中性子透過度を進行方向偏極中性子の偏極方向を反転しながら空間反転非保存量であるA_Lを求めることで行われた。ロスアラモス研究所では、これまで測定装置の高精度化を図ってきた。その第一は中性子偏極装置の性能向上である。中性子の偏極は偏極陽子フィルターを透過させることによって行っているが、性能向上のためにはまず陽子の偏極を向上させることが第一である。次により大きなフィルターを製作することによって、より多くの偏極中性子を利用できるようにすることである。第二には中性子検出器の有感領域を広げることである。これは高速で中性子を検出できる液体シンチレータを使用し、直径約1メータの大きなものを製作し、55本の光電子増倍管で読み出すというものである。われわれは中性子検出器について大きな貢献をした。その結果ロスアラモス研究所において空間反転対称性の破れをさまざまな標的のp波共鳴吸収においてこれまでの実験精度を約1桁ほど向上させて測定することに成功した。用いた標的はU、Th、In、Ag、Nbなどであり、現在データ解析中であるが、多数のp波について空間反転対称性の破れが新たに発見されている。空間反転対称性の破れの測定ではp波を感度良く測定する方法を採ることが望ましい。^<113>Cdが興味あるアイソトープとして実験に使用されることになったため、ガンマ線の検出器の開発も並行して行った。ガンマ線検出器はバックグラウンドを減らすために中性子源から約60メータ離れた場所に設置された。そのため数十メータにわたって中性子のspinを保持する必要があり、そのための磁場によるspinトランスポートを設置した。本年度の実験によって数々の核について高精度(10^<-3>以下)で空間反転対称性の破れを観測することに成功した。これによって空間反転対称性の破れの増幅効果の原子核質量数依存性が定量的に議論できると期待され、本研究にとって本質的な増幅機構の解明にきわめて重要な結果が得られたと認識している。
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