研究概要 |
最近の神経科学におけるもっとも大きな課題の一つは,ヒトの記憶や学習の機構を解明することにある。脳に認められたシナプス活動の長期増強は,記憶,学習のモデルと考えられ,その機構を解明することでヒトの高次脳機能が明らかにされると考えられている。シナプスに一定の刺激を加えることにより,数日〜数週間にわたって,シナプス活動の増強が持続する。最近,長期増強の発現,維持に,蛋白質燐酸化反応,とくに,プロテインキナーゼC,CaMキナーゼIIのいずれかあるいは両方が関与しているとする仮説が報告されている。本研究では,海馬CA1領域での長期増強へのCaMキナーゼIIの関与を,活性,酸素の動態を免疫組織化学,生理学,薬理学,生化学の面から調べてきた。 ラット新生児脳から得た海馬領域組織を10日以上培養する。または,成熟ラット脳海馬切片を対象とする。CA1領域に入る神経線維に電気的なテタヌス刺激を与え,シナプス活動長期増強の成立を生理学的方法で確認した。低頻度の電気的刺激を与えた組織を対照として,CaMキナーゼII全活性(Ca^<2+>/カルモデュリン依存性活性),Ca^<2+>非依存性活性(Ca^<2+>/カルモデュリン非依存性活性)を経時的に測定した。両活性は対照に比較して有意に上昇し,測定した時間内(30分)では上昇が維持された。この活性の上昇は,基質をシナプシンIに変えても,同じ結果が得られた。関与する受容体を同定する目的で,拮抗薬を用いて調べた。グルタミン酸受容体サブタイプ拮抗薬と事前にインキュベイトした組織サンプルを用いて,長期増強の成立とキナーゼ活性を測定した。NMDAグルタミン酸受容体拮抗薬であるAP5を投与したときのみ,長期増強の成立とCaMキナーゼIIの全活性,Ca^<2+>非依存性活性の上昇の両方が阻害された。以上の結果は,長期増強の成立がNMDA受容体を介したCa^<2+>流入によるCaMキナーゼII活性化反応と一致していると結論された。
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