研究課題
国際学術研究
平成4年度から始まった本研究は、天候に恵まれ、さらに事故もなく、予想以上の成果を挙げた。そしてこの成果は、学術的新事実発現と言う当初の目的の他に、新たに創設される国際研究組織ICAPP(International Circum-Arctic Paleclimate Programme)実現の基礎ともなった。ICAPP計画は、カナダの本研究協力者達が中心となって結成したもので、アメリカ、デンマーク(グリーンランド)、ロシア、ノルウェーの北極5カ国を中心とし、これに本研究代表者を含む日本、イギリス、ドイツの8カ国で構成される。これまで、北半球ではアイスコアと言えば、グリーンランドが中心であったが、地球規模の環境(気候)変動の歴史とそれに基づく将来予測をするためには、広範な北極圏の氷河を研究する必要が判り始めたからである。過去3年間に、北極(カナダ領)AGASSIZ氷河からのアイスコア採取は、予想以上の成果を挙げた。15万年昔までの岩盤に達するアイスコアが2本(各124m)、800年昔までのアイスコアが1本、それに過去10年間の氷河が11本発掘された。この3年間、北極の天候が非常に安定していたことが、この成功の第1の原因であるが、デンマークのコペンハーゲン大学設計のアイスコア掘削器が、見事に働き始めたことも大きな要素である。さらに、カナダ政府のアイスコアに対する関心が高まり、カナダ側研究協力者の予算、特にチャータ-飛行機等への多額の予算措置が得られたことも、見逃してはならない。カナダ政府の特別な予算措置なしには、折角採集されたアイスコアを、カナダのオタワ市まで、予算不足全部凍結空輸出来ないからである。酸性雨の微量分析には欠かせないECM(電気伝導度)測定器の改良の効果もあった。マイナス40度の極寒地の野外に、コンピューターを導入することに、成功したからである。これは世界でも初めての成功である。これまでECMは、手動式で、チャート紙にインクで測定値を書き込む方式でしかなかった。これでは、データ数は少なく、微細な値は得られない。また、過去15万年もの膨大なデータをコンピュータ処理することは不可能であった。コンピュータの導入により、毎秒40組のデータ採取が可能になり、約50万組(15万年分)のデータが、同地点(2m離れた)から採取された2本のアイスコア各々から得られた。高価なアイスコアが同地点で2本得られたのは、本研究が世界では初めてである。現在これらのデータを使った論文が書かれているが、これには世界の学会に充分なインパクトを与える成果が含まれている。過去15万年間には、火山活動による酸性雨の記録が、北極アイスコアには50回以上あることが発見された。これらの酸性雨は、人間活動(排気ガス)に因る酸性雨の記録とは、明確な違いがある。火山活動のそれは、そのピーク(量)の大きさが飛び抜けて大きく、しかも瞬間的(せいぜい1-2年間)であるのに対して、人間活動の酸性雨は、連続的で、しかもピーク(量)は、なだらかで小さい。北極(カナダ領)では、この人間活動に因る酸性雨は、1950年頃から始まり、1980年台で最高になり、その後は減少傾向にある。これは前述ECM器の計測で判明した。目下、その詳細なイオンの時間別濃度変動が、最新のイオンクロマトグラフィーで計測されており、その成果が待たれる。なお、成果の一部は(鎌倉時代の「神風が吹いた原因?」)、カナダ側研究協力者が、土木学会・環境フォーラムの国際招待講演で発表し、これは、朝日新聞全国版で報道された。酸性雨の歴史と共に、大気圏核爆発降下物の歴史的濃度分布も、10本のアイスコアを使って測定されている。この中で特に長崎原爆のプルトニウムの地球規模拡散輸送現象が、解明されようとしている。長崎プルトニウムは、人類最初の地球規模トレーサー実験とも考えられ、その北極での1945年の氷層からの実測がなされている。このデータの一部は、国際学会で本研究代表者により発表されている。
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