研究概要 |
百日咳(P)、ジフテリア(D)、破傷風(T)はワクチンにより完全な予防が可能である感染症であるが、今尚多くの子供達、特に開発途上国ではワクチンの接種を受けられない為にこれらの疾患で苦しんでいる。また一方先進工業国に於いても既存クチンの副作用並びに益々増える接種ワクチンの種類、回数に対する対策を求められており、PDTワクチンを中心に更に多くの疾患に対するワクチンを同時投与可能な形のワクチンの開発が望まれている。日本は佐藤らの百日咳防衛抗原の研究成果を基に百日咳毒素を中心にした無細胞ワクチンを開発、1981年、世界に先駆けて導入し、百日咳毒素(PT)がジフテリア毒素(DT)、破傷風毒素(TT)と同様に必須防衛抗原である事を明らかにして来た。それ以来PTの防御抗原性と毒性との関係に関する研究が急進展した。本研究の目的は、遺伝子並びに蛋白質工学の技術を最大限に活用して百日咳、ジフテリア、破傷風(P、D、T)の3種融合単独ワクチンの構築をめざすとともに、蛋白毒素の毒性と防御抗原性を担う構造を解明する事にある。これらの成果の上にたち、PT,DT,TTの必要かつ十分な防御抗原性を持った融合蛋白分子を産生する遺伝子の構築と発現系を確立し、そのPDTを中心に他のワクチン抗原を組み合わせた単独多価ワクチンの可能性をも検討し、21世紀にはPDT融合抗原を基にした安全有効なワクチンを世界の隅々まで安価に安定供給できる体制を支援するための基礎を築くべく共同研究を進めてきた。これまでに得られた結果の概要は 1.百日咳破傷風融合抗原の発現 PTのS1(ADPリボシラーゼ欠損変異)にN末側に、破傷風毒素の免疫防御抗原性を示す事が知られているフラグメントC(TC)を末側に発現させる融合遺伝子を大腸菌に組み込みPT融合抗原(p75抗原)を作製した。75抗原はS1とTCの両抗原性を備えた単一分子であり、マウス及びモルモットに免疫原性を示した。抗体はTTに対して強い毒素中和能を示したが、PTのCHO細胞集合活性に対しては中和能を示さなかった。p75免疫マウスは百日咳菌強毒株による脳室内攻撃に対しては産生抗体価に見合う防御活性を示した。以上の結果は二つの異なる遺伝子の直接融合により発現された融合タンパク質はその構成両抗原の立体構造に質的に大きな変化を起こさなかった事を示唆しているが、p75は抗PT抗体産生能が低く免疫原性の強化が課題として残った。p75の免疫原性を高めるために、p75抗原の産生並びに精製の条件の再検討をすると共に根本的には融合遺伝子の特に百日咳毒素のサブユニットの遺伝子構築も含めて発現系の検討を継続する。 2.百日咳破傷風ジフテリア融合抗原の発現 S1-TTc遺伝子の上流、下流或いは中間にDT遺伝子を挿入し、3種の抗原性を備えた抗原分子を発現させ、免疫原性並びに抗体の毒素中和活性を検討した。DTの防御抗原性を担う構造としてはCドメインとTドメインの間のループ(186Cys-201Cys)の14ペプタイド並びにBフラグメント部分が知られているのでこれらの遺伝子をS1及びTC遺伝子と結合させ融合抗原を発現させた。大腸菌で産生されたS1-TC-DB融合抗原p115は抗S1モノクローナル抗体1B7及び抗TT,抗DT抗体と結合したが一部切断された抗原も検出され、p75に比較して可溶性融合抗原としても安定性にまだ問題を残している。叉更に融合遺伝子の発現系として大腸菌のみならず他の系も検討し、産生抗原の可溶化の検討、防御活性の検討を進めている。 3.百日咳破傷風ジフテリアC型肝炎ウイルス(PTDHCV)融合抗原の発現 p75或いはp115の融合遺伝子にHCVのE1,E2/NS1の遺伝子を融合し、バキュロウイルスに組込ませ昆虫細胞(SF)で発現させる計画で融合遺伝子の作出を試みたが、HCVの防御抗原に関する基礎データが不十分な状況であるとの判断に基づき一時中断する事とした。
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