研究概要 |
本研究では,日米の消化器癌発生率の大きな相違に着目し,両国間の癌遺伝子及びその関連物質,食生活,便通・便の性状の異同を調査し,これらが消化器発癌に関与している可能性につき多面的に検討することを目的とした。 これまで,平成4年5月に研究代表者の吉田豊がテネシー大学に出向き,テネシー大学側研究者3名と今後の研究内容やその手順につき話し合った。その際,食生活,嗜好品アンケートの英語版,日本語版の原案の作成,及び癌遺伝子,グルタチオン S-トランスフェラーゼの測定方法,分担等の打ち合わせを行った。また,平成5年1月にこれまでの研究の進渉状況等の相互確認,協議,情報・資料の交換ならびに次年度以降の研究展開上必要な打ち合わせのため,研究分担者である土田成紀講師をテネシー大学に派遣した。その後,食生活・嗜好品アンケートの英語版,日本語版の作成,およびこのアンケートを用いた調査,青森県・テネシー州の消化器癌の発生率調査,および遺伝子,グルタチオンS-トランスフェラーゼ測定のためのサンプル収集が続けられた。 平成6年度は,本研究の主眼である以下の3点の検討を行った。 (1)1990年の青森県,テネシー州の消化器癌の年齢調整罹患率調査:両地域の癌登録を資料にして両地域の1990年(単年度)の消化器癌の年齢調整罹患率を調査した。世界人口を基準人口とした場合,人口10万人当たり,青森県では胃癌50.4(男性62.5,女性40.1),結腸癌20.8(男性23.2,女性18.9),直腸癌15.8(男性21.2,女性13.5),肝臓癌15.3(男性20.1,女性10.1),膵臓癌10.3(男性12.3,女性8.1),胆道癌9.0(男性10.1,女性9.1),食道癌8.9(男性10.1,女性8.9),テネシー州では,胃癌4.2(男性5.9,女性2.5),結腸癌24.6(男性29.6,女性19.6),直腸癌9.6(男性11.3,女性7.8),肝臓癌1.4(男性1.9,女性0.9),膵臓癌6.0(男性7.1,女性4.9),胆道癌1.2(男性1.5,女性1.0),食道癌2.3(男性3.5,女性1.1)で,胃癌は青森県がテネシー州の約12倍と両地域で大きな差が存在し,他の消化器癌の年齢調整罹患率もおおむね青森県の方がテネシー州より高かった。しかし,結腸癌は青森県がテネシー州よりやや低く,直腸癌はやや高かったが大腸癌全体ではほぼ同程度であった。 (2)食生活・嗜好品摂取頻度,及び便通調査:日米両国で胃癌,大腸癌患者のアンケートによる食生活,嗜好品摂取状況調査を行った。対象は日米ともに,胃癌30名,大腸癌30名であった。また,各々の症例につき対照群は性と年齢(5歳以内),職業をマッチさせた(各々男女比は1:1,平均年齢は,胃癌で48.6歳,大腸癌で49.5歳,対照群50.0歳)。その結果,米飯,パン,肉,ミルク,バタ-,チーズ,調理した魚,薫製魚介類,生魚,焼き魚,卵,果物,じゅがいも,野菜,つけもの,海草,豆,その他の食品の摂取頻度は両群間で差はみられなかった。一方,嗜好品では,コーヒー,紅茶,緑茶の摂取頻度にも両群間で差はみられなかった。また,喫煙,飲酒状況にも差はみられなかった。一方,胃癌患者の1日当たりの排便回数は大腸癌患者より有意に頻回であったが,残便感,便の性状等には差はみられなかった。この傾向は,日米間でまったく同様な傾向であった. (3)消化器癌の遺伝子及びその関連物質の比較検討:日米の消化器癌患者の癌組織中のグルタチオン S-トランスフェラーゼの発現を検討した。まず,大腸ポリ-プの大きさとグルタチオン S-トランスフェラーゼ-π発現の関係を免疫組織化学的に検討した。その結果,ポリ-プの直径が5mm以下では多くがグルタチオン S-トランスフェラーゼ-π陰性であったのに対し,6mm以上では全例陽性を示した.また,Piクラスのグルタチオン S-トランスフェラーゼ分子種の遺伝子が,その発現調節領域にTPA-応答配列を有することから,癌組織での同遺伝子の発現にc-Junやc-Fosなどの癌遺伝子産物が関与するか検討した。その結果,Piクラス分子種の発現にc-Junが関与していることが示唆されたが,これらの結果に関しては日米両国間で有意な差はみられなかった。
|