研究概要 |
ヘリウムガス中で異常に長寿命を保つ反陽子に大強度パルス状レーザーを照射し、共鳴的に準安定状態(n,ι)=(39,35)から短寿命状態(38,34)への転移を起こさせると、レーザーパルスの印加時間に始状態の占有率分だけが瞬時に消滅し、消滅粒子の時間スペクトル上にスパイクが立つと予想される。1993年10月中旬より行われたCERN-LEARにおける実験で、予想通りそのスパイクが観測された。これによって異常長寿命反陽子の正体がpe^-He^<++>(=pHe^+)原子であることが証明され、反陽子を含む原子の精密スペクトロスコピーへの道が拓かれた。 この観測のためCERNの低エネルギー反陽子蓄積リングLEARからの反陽子ビーム(運動量200MeV/c)を低温ヘリウムガス(10K,0.5気圧)中にとめる。反陽子消滅に伴う荷電・中性パイ中間子発生を99.7%の効率で検知するため7個のカウンターを配置する。即発性消滅を起こしていない長寿命反陽子(全体の3%)だけを選び、エキシマ励起色素レーザーを発振させる。レーザー光は反陽子ビームと反対方向より入射される。反陽子到着後の消滅パイ中間子の時間スペクトルを測定し、スパイクが現れるかどうかをレーザーの波長を変えながら探索した。共鳴の探索は10月15日に開始され、何も見えないまま数日が経過したが、10月20日早暁、ついに探し求めていたスパイクが波長597.26nmあたりに出現した。この結果、共鳴波長は597.260±0.001nmと決定された。この実験の第一報はPhys.Rev.Letters誌1994年2月21日号に発表された。 この実験方法を複数のレーザーパルスに拡張することにより、準安定準位のカスケード構造をつぎつぎと明らかにすることが可能となり、反陽子の電磁的性質を研究する糸口がひらかれる。準安定反陽子ヘリウム原子が他の原子分子と激しく反応することはすでにNature誌に発表したところであるが、レーザー分光法の確立により反陽子を含む原子分子の化学反応のメカニズムの解明にもミクロなメスが入れられることになる。
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