これまでに開拓された有機錯体では、π電子または遷移金属のd電子などの単一系の電子状態を利用するに留まっており、将来の新しい分子素子を構築するためにも、この単一系を越えた新しい分子システムの創造が期待されいる。本研究では、この目的のために新しい水素結合系電荷移動錯体が開拓された。その単結晶の室温付近の直流電気伝導度は金属的挙動を示し、常温でかなりのキャリヤーが既に生成されていることが解った。その温度変化は非常に特徴的である。電気伝導度の温度変化では、250K付近で半導体に転移するする。常温での可視及び赤外吸収スペクトルから、TCNQの有機π電子バンドは部分酸化状態にあることがわかる。このような変化をXPS測定から眺めてみると、Pt錯体では、低温部でII-IVの混合原子価状態に移行することがわかった。このことは、鎖間水素結合を通じて、遷移金属ドナーのdバンドと有機アクセプターのπバンドが電子のやり取りをしていることを示している。このような温度に敏感な電荷移動現象はこれまでに観測された例はなく、注目に値する。このシステムでは、常温での金属状態、混合原子価状態、さらに格子変形を伴った状態へと多彩に変化する。その要因はdあるいはπ電子状態と配位子を含めた格子系との特異な相互作用にあると考えられる。その中で特に注目されることは、これらの特異現象が錯体形成のプロセスに深く関与している点にある。この錯体の化学式から推論されるように、錯体形成には脱水素プロセスを伴っているが、このプロセスが金属の価数を決定し、さらに鎖間水素結合を介した電荷移動によってTCNQ層のキャリヤー数をも支配していることである。このような脱水素プロセスによる金属原子価数の制御という手法は、これまでに報告された例はなく、本研究によって始めて考案されたものである。"プロセスからの物性の制御"という観点からも大いに注目される。
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