βジケトン金属錯体へのインプランテーションによる置換反応は、類似のアットアトム化学反応に比べて、いちじるしい收率増大効果と、收率飽和エネルギー増大効果を受ける。この増大には衝突カスケードによる高圧・高温パルスが作用することを前提として、数学的に説明することができた。いわば微小衝撃波作用とでも呼ぶことがふさわしいかも知れない。以上のことが前年度単年度の研究として実施され、国内はもとより、国外でも反響を呼んだ。本年度も単年度の研究であるが、昨年度の成果を補強し、さらに新しい化学物質系において基礎検討を行った。 まずβジケトン錯体のインプランテーションにおいて、極低エネルギーでの置換反応について調べた。反応收率は收率増大効果がほとんど見られず、ホットアトム化学反応の收率とほぼ同程度に落着いた。1keVを超えないエネルギー領域では收率はほぼ一定(ただし極端に低い領域では0)となることが示された。この事実は10keVを超える領域でのインプランテーション反応が、エネルギーとともにいちじるしく收率増加を示すのと、まったく対照的である。これは上に述べた微小衝撃波作用を支持する重要な結果と考える。低エネルギー領域では衝突カスケードはあまり起らず、起ってもごく局限されたもので周囲に影響を及ぼさない。衝突カスケードという集団現象がなければ、化学反応收率の増大に結びつかないことを示している。 生体関連物質としてβシクロデキストリン包接体についてインプランテーションの化学反応を調べ、これをホットアトム化学反応と比較した。興味深いのは、両反応收率には高エネルギーでも余り大きな差が表われなかったことである。もっともインプランテーション反応の方がホットアトム反応より若干は高い傾向は見られる。これに関連し、同し物質内で分子ロケット現象も検討した。
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