シンプレクティック多様体上のポアソン代数のユニタリ表現の構成は量子力学的研究の主要部分であり、系の個性に基づく考察が必要であるが、幾何学的量子化は比較的系統的な処法を提供する。しかしながら、従来行なわれてきた天下り的な定式化においては数理物理学的意味が不明暸であり、特に古典力学系との対応は単なる形式上のものにすぎない。一方、幾何学的量子化のもたらす帰結に関しては、数理物理学的に充分な妥当性があるので処法の根本原理を解明することは有益である。 ここでは、ポアソン代数が系を完全に決定する代表的な場合として有限次元リー環の随伴軌道の量子化を扱った。半単純リー環の実半単純元を通る軌道に対しては偏極構造として自然に現われる放物型部分代数を考えることにより主系列表現が得られることがわかる。このとき適当な座標系を設定し、ディラックのデルタ関数のフーリエ変換が定数になることを用いてハミルトン関数の径路積分をリーマン和の極限として直接評価すると表現の行列要素が得られ、これまで量子力学のレベルでは、適用例が比較的少ないファインマン流の量子化に豊富なサンプルを加えることができた。続いて随伴軌道がケーラ構造をもつ場合の量子化を研究した。コヒーレント状態をもつリー群の既約表現は、あるケーラー多様体上の正則直線束の切断の空間に実現されるので、自然なシンプレクティック構造に関する古典力学系との関連を解明することが重要である形式的推察によりこの場合も径路積分は波動関数を記述することがわかるが、素朴な足し上げには空間の曲率に起因する収束性の問題があり、初期の量子力学にはなかった状況が生じる。この困難は、平坦な空間上の指数関数に相当する関数を曲がった空間上でも見出すことにより克服される。
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