記憶、学習の実験モデルであるシナプス長期増強現象において、タンパク質燐酸化反応が重要な役割を果たしていることはすでによく知られている。特にカルシウム依存性の燐酸化酸素の一つであるプロテインキナーゼCは、その活性化剤であるホルボールエステルが長期増強様現象を誘導する事実、プロテインキナーゼCのシナプス後細胞への注入によって長期増強が発現すること、プロテインキナーゼC阻害剤によって長期増強の発現が抑制されることなどから、長期増強の発現に必須の酵素であると考えられている。我々はプロテインキナーゼCには複数の分子種が存在し、各々脳内分布、細胞内局在が異なっていることを明らかにしてきた。海馬においても、カルシウム依存性の分子種であるα、βII、γ分子種が存在するが、いずれの分子種も神経終末にはほとんど認められず、グルタミン酸シナプスが存在するDendritic spineにはαとγ分子種だけが認められた。グルタミン酸受容体のうち、アフリカツメガエルに発現させたNMDA受容体はプロテインキナーゼCによって、活性化されカレントの増強が起こることが報告されている。NMDA受容体がシナプス後部にあることから、このNMDA受容体の活性制御を行っているプロテインキナーゼC分子種はαあるいはγ分子種であることが示唆される。一方、プロテインキナーゼC活性化によって、シナプス前部からのグルタミン酸遊離が上昇する事が長期増強の維持相にとって、重要であるとも言われている。シナプス前部に存在するプロテインキナーゼC分子種を探索した結果、カルシウム非依存性分子種であるε分子種がシナプス後部よりむしろ神経終末、軸索などのシナプス前部に存在することが明らかとなった。これらの結果から、シナプス前後と後部において異なったプロテインキナーゼC分子種が、長期増強に関与している事が示唆された。
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