本年度では、前年度に行なった生体における実験で得られた咀嚼時の筋電図、咬合力のデータをもとに、ヒトの晒し頭蓋骨に咬合力に相当する荷重を加え、頭蓋骨のうち、とくに顔面頭蓋に生じる応力を測定し、ヒトの顔面骨の形態の応力に対する適応を調べた。実際にはまず、生体において左右の側頭筋および咬筋に筋電図を記録するための電極を張りつけ、自作した音叉型咬合力計を左右の切歯から第2大臼歯にいたるそれぞれ各1本の歯において、0〜10kg重の範囲で1kg重毎に力を変えながら咬ませ、その時の筋電図も同時に記録した。これらの筋電波形の積分値を求め、これを筋力に相当するものとみなし、左右の側頭筋と咬筋におけるその比率を、上記のすべての場合において求めた。次に、晒した頭蓋骨において、側頭筋と咬筋を模した皮革を相当する起始の位置に貼りつけた。さらに顔面頭蓋の適当な位置65カ所に3軸ロゼッタ型ストレインゲージを貼りつけ、高速ディジタル測定器の195チャンネル分に接続した。一方、頭蓋骨に取り付けた左右の側頭筋と咬筋の停止がロードセルを組み込んだ状態で設けられた下顎を製作した。また、歯を荷重する部分にもロードセルを取り付け、咬合力も測定した。これら5このロードセルも上記の高速ディジタル測定器に接続した。生体における4本の筋の活動電位の積分値の比率を再現するように各筋の張力を調整し、その時の顔面頭蓋の歪を測定し、主応力の大きさと方向を求めた。その結果、顔面頭蓋の形態は、咀嚼に適応した構造をしているということが判明した。すなわち、ヒトでは突顎の程度が弱いため、下顎のてこのアームの長さが短く、とくに臼歯で咬むときは、てこのアーム長がほとんど0になるので、咀嚼筋の起始の構造もそれほど頑丈でなくてもよくなっている。また、額が垂直に近いため、骨質が薄くても前頭面における曲げに対しては非常に頑丈な構造となっている。
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