本研究の目的は、現生のヒトの頭蓋骨形態・構造を力学的機能の観点から解明することにある。まず3名の男性健常者において、硬いものを食べさせたときの実際の咀嚼運動を三次元動作分析システムを使用して記録し、また、自作の咬合力計を使用して各歯における咬合力の測定と同時に筋電計を使用した咬筋・側頭筋の筋電図の記録を行ない、さらに骨組織から発生する骨ピエゾ電気の測定を、顔面骨の頬骨弓、鼻根部において行なった。その結果、咀嚼運動に関しては、どの被験者においても硬い食べものを臼歯の位置にもっていくためにさまざまな運動を行なうが、上下の歯が食物をつぶしはじめると、下顎の咬合面は上顎の咬合面に対してほぼ垂直に近付き、咬合面がほとんど接触する位置にくると、すりつぶし動作が観察された。咬合力と咀嚼筋の筋電図との関係に関しては、活動電位の積分値と咬合力の大きさは比例することが確かめられた。左右どちらか一方の臼歯で咬合力計を徐々に強く噛んでいった場合、咬合力がほぼ4kgfを過ぎてから、側頭筋の活動電位の積分値の増加率は咬合力を測定している側の方が大きく、反対側は小さかったが、咬筋に関しては、増加率の左右差はほとんどみられなかった。ピエゾ電気の測定からは、圧縮応力が強い部分では負の電位が、引張応力が強い部分では正の電位が記録された。次に、実際に歪みゲージを顔面部に張りつけた頭蓋骨に人工の下顎、側頭筋そして咬筋を取り付け、上記の生体における実験の結果をもとに、各歯毎に6kgfの咬合力となるように荷重し、その時の主歪の大きさと方向を測定、算出した。その結果、前頭部における歪はあまり大きくならず、これは前頭部が垂直に近いためと考えられ、また、どの歯に荷重した場合でも主歪の大きさと方向には著しく変化がなく、このことからヒトの顔面頭蓋は、咀嚼に対してすでにかなり適応していると考えられる。
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