生体の構成成分が自他を識別し、必要な相手を選択し、分子間相互作用によって必要な仕事を成し遂げる仕組みを理解することは、生命現象を解明する上で重要である。分子識別と分子間相互作用の問題を解明するために、本研究課題ではトリプトファン合成酵素α/β複合体の活性増幅機構をとりあげる。トリプトファン合成酵素はαとβサブユニット各2分子からなるα_2β_2複合体で、それぞれのサブユニット固有の触媒活性が複合体形成によって2桁増幅される。本酵素の4量体はαββαの順に結合している。αサブユニットはモノマーとして単離できるが、βモノマーには単離できない。本酵素の増幅機構に関して得られた特徴的な成果を列挙する。(1)αサブユニットのβサブユニットへの結合のメカニズムがββに結合する場合とαββに結合する場合とで著しく変化することが等温滴定型カロリメトリーの結果より判明した。第一のαサブユニットのβサブユニットへの結合により、著しいコンフォーメーション変化を伴うことが判明した。その構造変化の程度は、残基に換算すると、ほぼ120残基がD状態からN状態に変換したのに相当する。つまり、この複合体形成は鍵と鍵穴の関係ではなく、誘導型(Induced-fit)であることが判明した。(2)大腸菌とサルモネラ菌の違った起源からの同酵素とアミノ酸置換による変異型(接触界面から離れた部位での大腸菌タイプからサルモネラ菌タイプへの)を用いて、それらのホモ・ヘテロ複合体形成を、等温滴定型カロリメータを用いて調べたところ、接触界面から離れた残基のロングレンジの影響が活性増幅に有効であることが分かった。(3)接触界面にあるαサブユニットの変異型を用いて活性増幅能の低下の機構を熱力学的に調べたところ、それは結合のエンタルピーの著しい減少に起因してβサブユニットとの結合定数を減少させていることが判明した。
|