これまでの平衡状態図や合金熱力学量の第一原理計算の対象は、単位格子の対称性が最も高い立方格子に限られてきた。しかし、実際には一つの軸が他の二軸に対して歪んだ正方対称性をとる系が数多く観察されておりこの軸比(正方歪)が相安定性のみならず機械的性質にまで多大な影響を及ぼすことが知られている。さらにマルテンサイトやベイナイトに代表されるベイン歪のような格子変位型相変態にあっては、最終の相に至る過程において一旦、正方格子へと変態するものも数多い。このように正方晶歪は、合金の構造相変態の多くの局面において極めて頻繁に出現し、基礎物性、材料開発の諸領域において極めて広範な問題を提起している。本研究の目的はかかる正方晶歪に対して、電子論と統計熱力学双方からの基礎手法を確立することにある。 電子論に関しては、正方格子の相安定性に第一近接のみならず第二近接以遠の相互作用力がきいてくることが予想されるため、クラスター展開法による原子間有効ポテンシャルの導出法に対して、従来よりも多くの規則相を計算の対象とし、大きなクラスターの相互作用エネルギーの算出を試みた。又、第一原理擬ポテンシャル法を用いてSiの正法晶歪の計算を行った。特に、ここで対象としたのは弾性係数の算出である。 有限温度を取り扱う統計力学的手法であるクラスター変分法に関しては正方格子系に関するエントロピー公式を導出し、簡単な原子間相互作用ポテンシャルのもとで自由エネルギーの計算を行い、立方晶系に関するこれまでの結果が、第一近接原子間相互作用エネルギーと第二近接原子間相互作用エネルギーの比が1の極限で再現できることをもって精度の検証とした。これは、体積に関して最適化をはかるときにはa軸とc軸の比(正方晶歪)が1の極限において立方晶の結果を再現できることに対応する。
|