研究概要 |
平成5年度は,アルケンに対する水素原子付加反応を研究した.アルケンを含む低温マトリックス中では,水素原子はアルケン二重結合を作っている2つの炭素の内の一方に付加する.マトリックスがメタノールの場合には,付加する炭素の位置は付加の活性化エネルギーによって決定される.しかしながら,水素の活性が低いアダマンタンマトリックス中では,反応位置は生成アルキルラジカルの構造緩和の容易さによっても支配され,分子端に近い炭素位置ほど付加が生じ易くなる.水素原子がメチルラジカルに変わると,アルケンアリル位からの水素引き抜きが優先するが,この場合には,水素が引き抜かれる炭素の位置は生成するアルキルラジカルの構造緩和の容易さによっても支配され,分子端に近い炭素ほど引き抜きが起き易い. これらの結果は反応を量子論的に考察することにより理解される.すなわち反応系と生成系との間の相互作用が弱い水素引き抜きやアダマンタン中での水素付加反応では,系は反応系と生成系の1量子状態との間の共鳴状態となるため,生成系への安定化速度は構造緩和速度に比例することとなる.これに対して,反応のポテンシャル障壁が低く,反応系と生成系の相互作用が強い,メタノールマトリックス中での水素原子付加反応では,反応系は多数の生成系と結合するため,生成系から反応系への転換は生ぜず,反応速度は相互作用の大きさのみで決定されるようになる.
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