分子認識の化学はそれが生命現象の最も基本的な過程の一つに数えられていることから多くの化学者の注目を集めている。分子認識においては、疎水性相互作用、電荷移動相互作用、静電的相互作用、水素結合、π-π相互作用、イオン双極子相互作用などが重要な寄与をしている。 個々の錯体生成において、これらの因子の内のどれが支配的であるかを検討するためには、その錯体の溶液中での詳細な構造を知る必要がある。本研究においては、そのため各種の合目的なシクロファンホストを合成した。[m.m]オルトシクロファンにおいては二つのベンゼン環にそれぞれクラウンエーテルを組み込み、添加したアルカリ金属イオンの種類による立体配座制御を行った。更に、この骨格をもちいるアロステリックな特性を具備するホスト分子の設計を行い、その合成を行った。さらにモノデオキシカリックス[4]アレンにクラウンエーテルを導入した化合物を合成し、フェノール部分と、クラウンエーテルとの協同的な作用による選択的な金属イオンの輸送実験を行なった結果、この化合物はナトリウムイオンの輸送に対して高い選択性を持っていた。更に我々はカリックス[5]アレンの比較的大きな疎水性空孔と適度な自由度を利用して、その疎水性空孔の末端に水素結合性の官能基として二つのカルボキシル基をもつホスト分子を合成し、その分子認識能についても評価を行なった。その結果この化合物は二分子のイミダゾールを選択的に取り込むことが分かった。その取り込みの様式を分子力学計算で検討したところ、一分子のゲストは水素結合とCation-π相互作用によりキャビティー内に取り込まれており、もう一分子のイミダゾールは二つのカルボキシル基によりはさみ込まれていることが明かとなった。我々はさらに、分子認識の化学において分子力学計算が果たす役割が非常に大きいものであることを示した。
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