特定元素のK殻吸収端付近のエネルギーを持つ単色軟X線を生物に照射すると、エネルギーに依存して生物効果が大きく変わることが報告されている。本研究はこの機構を解明するために、硫黄を含むアミノ酸をモデル分子として硫黄のK殻に軟X線が吸収された時にどの様な特異的な分子変化(分解)が起きるかを調べることを目的としている。今年度は以下のような成果を得た。 1.すでに特異的な分子変化を示すことが知られているシスタチオニンと同様に、分子骨格のなかに一つの硫黄原子を含み、それに結合している炭素鎖の長さのことなる分子、メチオニン、ランチオニン、システインについて、硫黄K殻吸収端前後の単色軟X線を照射して分子分解パターンの変化を調べた。その結果、どのアミノ酸の場合も硫黄がX線を吸収したときの硫黄-炭素間結合の解離の量子収率が2以上であるのに対して炭素-炭素間の結合の収率は0.2以下であった。このことから励起元素から離れた結合は切断され難いこと、硫黄-炭素間結合は他の原子の吸収によっても切れやすいこと、このような現像はアミノ酸分子の個性によらないこと、が明かになった。 2.生体中と同様に、照射中に水があった場合にどうなるかと言う点に着目して、シスタチオニンの水溶液試料についての実験を始めた。水溶液で照射したサンプルのクロマトグラムには固体照射で見られなかったピークが9個も発見された。これらは水溶液中に生成したOHラジカルとの反応によって生成したもの、あるいは分解後水分子と反応して水酸基が付加したもの、が含まれると考えられた。実際に、硫黄-炭素結合が切断されたところに水酸基が結合したホモセリンが生成していた。他の分解生成物の同定を早急に進めたい。
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