歯の吸収機序を検討する目的で、本研究ではヒト乳歯の脱落期に認められる歯冠歯髄内側からの象牙質吸収現象を観察モデルとして、組織化学的および免疫組織化学的手法を用いて検討を加えた。 1.抜歯乳歯の象牙質の内部吸収現象の組織学的分別。脱落期のヒト乳歯を組織学的に観察した結果、歯髄内側からの象牙質吸収は経時的に以下の4段階に分別することができた。(1).吸収前期。歯根が吸収されているが、冠部歯髄、象牙芽細胞、象牙前質は正常像を示している。(2).吸収開始期。歯髄内に炎症性細胞の浸潤が認められ、象牙芽細胞は変性を示し、多核の破歯細胞が出現する。(3).吸収期。象牙芽細胞は完全に消失し、歯髄内面には多数の破歯細胞が観察され、吸収がさかんに行われている。(4).吸収後期。破歯細胞の数は減少し、一部の吸収面はセメント様物質で修復されている。 2.組織化学的観察。種々の細胞マーカーとなる酵素の活性染色を上記で述べた4段階の吸収期で比較した結果。単核の破歯細胞の前駆細胞が歯髄内に出現する前に、単球、マクロファージ系の細胞が、象牙芽細胞層に接して観察され、これらの細胞により、象牙芽細胞の変性が起こることが示唆された。破歯細胞は単核の細胞として歯髄内に出現し、変性した象牙芽細胞間に細胞突起を出し接触し、多核化し、典型的な破歯細胞に分化する。この分化は、未石灰化部の象牙前質上でも観察された。 3.免疫組織化学的観察。リンパ球(T細胞、B細胞)、好中球など炎症性の細胞の特異抗体を用いて観察した結果、破歯細胞が歯髄に出現する前に、歯髄内に好中球、リンパ球、特にB細胞の浸潤が観察された。また、すべての吸収段階において、破歯細胞に隣接して多数の炎症性の細胞が常時認められたことにより、これらの細胞が歯の吸収機序に重要な役割を果たしているものと考えられた。
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