クエン酸回路にアセチル基を導入するピルビン酸脱水素酵素複合体は、多数のタンパク質が組織的に会合した超分子複合体の典型的な例である。本酵素複合体は生物種によって形態が異なり、前核生物では432対称を、真核生物では532対称をもつ。そして、いずれの複合体も3種類の酵素、ピルビン酸脱水素酵素(E1)、アセチル基転移酵素(E2)、リポアミド脱水素酵素(E3)から構成される。このような組み合わせは、2-オキソグルタル酸脱水素酵素複合体や分岐鎖オキソ酸脱水素酵素複合体でも見られる。これらを通じて、E3は全く同一の酵素が利用されているという事実が最近明らかになった。したがって超分子の複合体形成におけるE3の役割に興味がもたれ、本研究ではこのE3のX線解析に重点を置いた。イ-スト菌より単離精製したリポアミド脱水素酵素は結晶化のわずかな条件の違いにより2種類の結晶形が得られたので、これらについてX線解析を行った。つくばの高エネルギー物理学研究所の放射光を用いて測定したデータを用いて、グルタチオン還元酵素を参照分子とする分子置換法で初期位相を求め、剛体分子モデルによる位置と方位の精密化した。二量体のサブユニット間に存在する2回回転対称を利用した電子密度の平均化と溶媒領域の平滑化によって電子密度マップを改善する方法と、コンピューターグラフィックスによる分子モデルの構築とその原子座標を最小二乗法で精密化する方法の2つを交互に繰り返した。この構造をグルタチオン還元酵素と比較すると、4個のドメインそれぞれがシフトしているが、特にC末ドメインが大きくずれていること、しかし、FADの結合部位はほとんど同じで、さらにドメイン間に存在し反応に関与するアミノ酸の立体配置は同じであることが判明した。432対称の複合体を造る前核生物由来の本酵素と比較することにより、立体構造の高い類似性は本酵素が共通の機能という制約によって生物種を問わず保存されて来た可能性、本研究から明らかになった。
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