研究概要 |
多硫化物による中毒は,細菌剤や農薬などの石灰硫黄合剤や含硫入浴剤ムトウハップなどを,経口的に体内に摂取することにより発生するが,このような場合に多硫化物中毒の照明をするのは,二次的に発生する硫化物の血液中濃度の測定であり,多硫化物そのものを体組織中から測定した報告はなく,多硫化物の体内分布を検討した例はない.そこで,今回ラットに多硫化物を経口投与した後,体組織中多硫化物および硫化物を測定し,その結果あら,多硫黄化物中毒を診断する上で最も適する体組織および対象化合物の検討を行った.また,実際の鑑定にも用いた. 1.多硫化物および硫化物のラット体組織中の濃度:ラット体組織中の多硫化物濃度は,血液で0.196μmol/mlと一番高く,次に肝臓0.051,肺0.018および腎臓0.013μmol/mlであった.脳および筋肉では検出限界0.005μmol/ml以下であった.多硫化物はそのものを直接分析でき,また血液が分析対照試料として最も適当であることが判った.硫化物はすべての体組織から検出された.その中で血中濃度は0.518μmol/mlと最も高い値を示し,硫化水素暴露による中毒例の血中濃度の約40倍であった. 2.鑑定例:多硫化物中毒が疑われた事例2例に血液から多硫化物が検出され,その値は,1.4および3.2μmol/mlと今回の動物実験の結果と比較すると7-16倍高い値であった.硫化物濃度も1.0,4.1μmol/mlと硫化水素中毒における濃度と比較して非常に高い値であった.これら2例に死因は多硫化物中毒による死亡と診断された.本例は,多硫化物中毒の証明に多硫化物そのものの濃度を用いた始めての鑑定例であった. 以上の結果から,多硫化物中毒は体組織から多硫化物そのものを検出することで証明できると推定した.また,分析に最も適切な試料は血液であった.硫化物の濃度は補助的な指標となることが判った.
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