マッハの「物理学的現象学」は、物理学の体系から一切の形而上学的カテゴリー(実体、因果、絶対運動など)を排除し、世界を形作る原的所与である感性的要素の複合体を思考経済の法則に則って記述することを通じて物理法則を探究しようとする試みである。この構想を支えているのは、19世紀の科学研究を領導した「力学的自然観」への根本的批判であり、マッハのニュートン力学に対する概念批判は、アインシュタインの相対性理論に道を開くと共に、科学哲学の分野においてはウィーン学団による論理実証主義の成立を促し、後の分析哲学の展開に先鞭をつけた。 他方でマッハの「現象学」概念はフッサールに影響を及ぼし、彼の超越論的現象学の形成に寄与した。両者に共通するのは、根源的所与である「現象」の純粋記述に徹するという方法的態度である。しかし、マッハの物理学的現象学は、あくまでも自然的態度を基盤とした「世界内在的」現象学にすぎなかった。フッサールはマッハの立場を生物学主義として批判し、「現象学的還元」の手続きを導入することによって、超越論的現象学の確立に至った。 以上のことから、マッハの物理学的現象学は、一方では「言語論的転回」を通じて分析哲学へと変貌し、他方では「超越論的転回」を経てフッサールに始まる現象学運動に道を開いたと言うことができる。その意味で、マッハの業績は今世紀の哲学を代表する二大潮流の原点に位置するものであり、20世紀哲学史はこのような観点からマッハを軸にして書き換えられる必要があるであろう。
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