日蓮の戒律思想は、21才の時に初めて述作された『戒体即身成佛義』からあらわれる。論中では、戒律の様相を四種(小乗戒体・権大乗戒体・法華開会戒体・真言宗の戒体)に分類し、小乗戒体は五戒・八斎戒・比丘二百五十戒・比丘尼五百戒が中心であり、権大乗戒は『梵網経』・『瓔珞経』が中心であり、法華開会の戒体の中心は五戒にあって、この五戒を持つことこそが法華経の佛因を得ることであると主張し、真言の戒体とはただ密教が顕教より勝れていることを知らしめるためとして、「別に記す」とのみ述べる。ここで日蓮は、爾前の小・大乗戒や密教の戒体はすべて法華開会の戒体のもとに包摂されるとして、戒体の教相について、法華至上主義の立場を明らかにした。 これに比して、日蓮58才の述作である『本門戒体抄』では、『戒体即身成佛義』における主張をさらにおし進めて、「本門戒」という名称があらわれる。本門戒とは、『梵網経』にある十重禁戒を借名すると述べるが、これでは『戒体即身成佛義』における五戒を持つことを法華開会の戒体とする主張とに差異が生ずる。又、『本門戒体抄』で主張される本門戒の内容が他の日蓮遺文に見られる戒体の断片的主張との整合性の上にも疑問が生じている。それは、十重禁戒に見られる本門戒への借名の動機づけに関して論証すべきものが、本抄をも含めて未だ散見できないからである。 現段階では、日蓮遺文全般について、戒律に関する用語の抽出と、その典拠となる先師の論疏についての関連を調査中である。
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