当該研究課題について筆者は2年間の科学研究費を得た。この間、平成4年度にはアドルノの『否定的弁証法』と『美学理論』との関係を中心に北海道哲学会会報に新たな論文を執筆し(「アドルノ思想における哲学と芸術」)、10月にはアメリカの国際民族音楽学会で、アドルノ理論と民族音楽学の接点についての発表を行った(CriticalTheory and fieldwork:Adorno's theory and Ethnomusicology)。平成5年3月にはイギリスの音楽分析学会でアドルノ理論にもとづく音楽時間論に関連するテーマについて発表を行った(Analysis in social meaning in music:Time structure of instrumental music as a way of recognition of the world)。平成5年12月には日本音楽学会・東洋音楽学会合同例会で「アドルノ理論と民族音楽学」と題する発表を行った。最後にまとめた研究成果報告書には、さらに「ヴァーグナー論における一つの流れ」と題する論文を新たに書いた。この研究成果報告書をもとに本年度もしくは来年度に研究書を仕上げて出版したいと考えているが、昨年アドルノの残したベートーヴェンに関する断片集が出版されたこともあり、出版までにはまだ課題が残っている。それは、後期ベートーヴェンに関するアドルノの理論を展開し論文を書くこと、アドルノと音楽との関わりを日本の読者にわかりやすくまとめ序論とすること、アドルノの初期の理論について論文を書くこと、などである。今後フランクフルト学派の〈批判理論〉の問題意識が現代の世界化の音楽状況の中でどのように生かされるか、ということについてさらに研究を重ねて行きたい。具体的には、第一にアドルノ、ベンヤミン、ハバーマスなどの芸術論を批判的に検討し、現代資本主義都市社会における芸術状況と人間の知覚行動についての研究を進めること、第二に、とくに非西欧世界の近代化・都市化・資本主義化に伴う音楽行動と音楽の意味の変化を、アドルノやベンヤミンの理論と民族音楽学や文化人類学の理論との双方の観点から捉えることである。
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