本研究計画の中心課題である「明代画家と絵画作品データベース」はカリフォルニア大学バークレー校よりその基本的データの提供を受け、拡充作業を開始した。1992年10月末から11月初めにかけて中国で開催された二学会、上海の四王国際学術研討会と無錫の倪〓之生平与藝術国際学術研討会で発表した二論文は、上記データベースを利用した最初の本格的研究として国際的な関心を喚んだ。学会開催にさきがけ、発表論文「四王与黄公望」(上海)と「倪〓像考」(無錫)を掲載した「明清画研究ノート」を刊行、内外の研究者に配布して批正を求めた。論文「四王与黄公望」では、従来余り注目されていない清初の正統派画画家“四王"たちについて、彼らの画風の源流にある元末の黄公望からの影響関係を探索し、四王たちの間で膾炙した失われた名画、黄公望の《秋山図》についてその由来・普及を論じた。また学会での発表の後、その研究余滴「幻の名画、《秋山図》」を「中国書論大系」月報(12)に掲載した。論文「倪〓像考」では、台北故宮博物院蔵の元末四大家の一人倪〓の肖像画をめぐって、画中の賛と背景が像主の内面性の表現に用いられている点を指摘。この表現形式の系譜を元初の復古主義運動の領袖趙孟〓や、さらに五世紀の無錫出身の先駆者顧〓之にさかのぼり、その歴史的解明を試みた。なお、元末から明清時代に盛行する書斎図は、上記の《倪〓図》のように書斎の中に像主をえがくケースはめずらしく、むしろ文人たちの理想郷である山水図として表される。四大家の倪〓や王蒙らの山水図は書斎での隠棲する意味する題名であっても、画中には建物がない場合が多い。このような「書斎なき書斎図」は、同時に画家や作品の受贈者の人格・個性を表している点で、「人物なき肖像画」ともいえる。平成5年度美術史学会全国大会で、この書斎図の問題について研究発表する予定である。なお、「明清画研究ノート」2号は、昨年4〜6月に米国カンサスシティーのネルソン美術館で開催された董其昌展の報告を兼ねた特集を組み、刊行の準備をすでに了えている。
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