心とは、生体の内部にあって意識的・無意識的に自覚されるある状態をさす包括的な概念である。この内部状態はさまざまな表象系(言葉をはじめ数字、さまざまなシンボル・イメージなどの記号系)をもち、かつそれらを一定のルールにのっとり操作し、変換し、処理、計算し、生体がおかれた事態への的確な対応、問題解決、ないしは新たな状況への創造的対応を可能にする。本研究では、以下の二つの心的表象系を取り上げ、個別の課題領域と文脈のもとで、その機能と仕組みを実験的・論理的に検討することを試みた。 第1に、数字物理記号系を取り上げ、その心的表象のもとで繰り広げられる操作・心的加算と乗法の仕組みとその機能構造を明らかにすることを試みた。これは、心の計算論に対する最も基本的な検討である。課題は一桁の2数の間の加算と乗算である。そのさいのエラー生成メカニズムを究明するため実際に計算し結果を算出するよう求めた。さらに、同じ2数の組み合わせを逆にした一対の課題に対し、どちらの数値の組の計算を好むかその好みの判定を求めた。被験者は大学生である。その結果、加法では加数が小さな値の数値である課題が好まれたのに対し、乗法では逆に被乗数が小さな値の課題を選好することが判明した。この結果を論理的に説明しうる可能な内部状態とそこで機能している心的表象モデルとして、2次元的な広がりを持つ計算結果をまとめた心的数表へのアクセスの容易さをもとにした記憶表象モデルを検討した。加えて、九九算という学習効果についての検討も試みた。第2に取り上げた表象系は、暗室内の小点光源という制約された物理的条件下での空間認識にまつわる空間表象記号系である。認識光点の間に成立する関係系が示唆する認知空間の幾何学的構造に関する代表的な論理的モデルを導入し紹介を試みた。これをふまえ引き続き、空間認知に関わる具体事例として認知地図(心の中の地図)を取り上げその構造分析を行うことを予定している。
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