心とは記号を処理・操作するシステムである。記号の処理・操作とは、計算である。その計算は記号と記号を結び付ける一定の関係規測、すなわち構文構造に還元できる。また、記号ならびに個々の記号を結び付ける規測の総体は、外界事象の総体と同型である。つまり、記号によって直接、感覚や経験によらなくとも事象の意味をとらえることができる。現状の心の記号論ないしは計算論とよばれる立場の前提並びに主張点をまとめると以上のようになる。このような前提をふまえた最新の心の科学は、認知心理学をはじめコンピュータ・サイエンス、言語学・記号論、数学基礎論、哲学など関連諸領域を包括し、一つの固有領域として認知科学とよばれる。 本研究では、1.これらの主張点をめぐり個々の主要な論点を整理し同時にこれとは異なる立場(反記号論、反計算論とよばれる)と対照して吟味すること。2.計算過程の論理的構造を明らかにすること。3.記号システムの属する心的空間の幾何学的特性を明らかにすること。これら3点を吟味することを第一の目的とし、それぞれに対する理論的検討を加えた。引き続き、第一の理論的検討によって提起される論点を具体的な事象のもとで実験的検討を加えることを第二の目的とした。2つの実験的検証を行った。第一の事象例として、心の中に構成された地図(これを認知地図という)を取り上げた。ある行動空間(身の回りの生活環境空間)に関して獲得形成された心の中の地図は、いかなる幾何学的計量空間としての特徴をもった記号表象空間であるか、その検討を行った。認知地図が構成されていくさいの記号処理過程で観察される特徴的なエラーを基に、心の空間表象記号処理の仕組みと計算過程の構造を明らかにした。第二の事例として、心的計算過程、一桁の数値の間の加法と乗法を取り上げた。その際の数字記号処理の構造並びに記憶表象からの数値の検索過程の特色を明らかにした。
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