現地調査を行った石垣市字登野城の糸満系潜水漁民の伝統文化は、他の沖縄社会にも大きな影響を与えてきている観光化という要因を度外視して考察できない。たとえば、「ハーリー(海神)祭」は、漁民のアイデンティティの形成に深く関わっていることは知られていた。だが、そのようなアイデンティティ形成は、祭を行うことによって得られる心理的統合作用によるのではなく、むしろ、観光における他者に対する演技(パフォーマンス)を意識した結果として表現されていることが、今回の調査から判明した。 また、1991年度より漁民が自らイニシアティヴを取り進めてきた「ウミンチュ体験観光」は、以上のようなアイデンティティ形成の新たな契機を提供していることも明らかになった。マスメディアにおける「沖縄=海」という表象のパターンは、それまで社会的周縁に位置づけられていた漁民の存在をにわかにクローズアップし、沖縄文化の中心的な象徴の一つとして漁民文化を再定義した。これに反応し、漁民は自己の存在を観光客のみならず、沖縄県民にもアピールし始めた。ハーリー祭もたんなる伝統行事ではなく、漁民の社会的な地位向上を主張する場になっている。 今後、さらに調査を進めなければならない事項は、このような漁民生活へ浸透してきた観光化現象が、漁民の生活パターン全体をどのように変化させているか、ということである。祭などに限らず、魚の販売経路(ウキジュ)の変化や水揚げされる魚種の変化、漁船や魚法の変化、などという生活の細部にわたる変容について実地調査による資料の収集が必要と思われる。このような調査の結果から、漁民文化の変容をローカルな問題とせずに、マスメディアなどによって媒介されたナショナルな、さらにはグローバルな問題として捉える視点を確立したい。
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