16世紀、スペイン王室が「新大陸」の先住民(インディオ)の保護を目的に制定した法令は数多く、中でも1543年に公布されたいわゆる「インディアス新法」は植民法制史上、最も人道的な法令と言われているが、1530年代後半以降、ハプスブルグ朝スペインが置かれたヨーロッパにおける政治的かつ経済的地位を考慮すれば、それはきわめて一面的な解釈に過ぎないことが明らかになる。とくに、フェリペ二世の統治期には、「新大陸」を本国の財政的基盤とみなす傾向が顕著になったことを考えれば、キリスト教文化を絶対視するヨーロッパ中心主義の台頭の前に、16世紀初頭に勃発した異文化理解や他者認識の在り方をめぐる「インディアス論争」は完全に風化したと見ることができる。しかし、王室はキリスト教(カトリック)絶対主義の立場から、「新大陸」支配の正当な権限は先住民のキリスト教化にあるとする従来の立場を崩さず、徹底的な偶像崇拝撤廃運動などを実施した。当時、スペイン人が記したクロニカ(「新大陸」関係の記録)にも、ほぼ例外なく、同じイデオロギーを見て取ることができる。このような支配者側の論理に対して、被支配者である先住民が示した対応を解明するため、従来西欧的歴史観に即してその史料的価値が否定されてきた土着資料を分析したところ、彼らが独特な歴史意識のもとにスペイン支配ならびに、その根底にあるイデオロギーに鋭い批判を浴びせていることが分かった。もっとも、時間的制約や史料面での制約があって、利用できた土着史料がすべて、旧インカ帝国領(アンデス)に住むインディオたちの書き残したものなので、結論を出すには、「新大陸」のいま一つの大きな文化圏であるメソアメリカのインディオたちの記録を解読、分析する必要があると考えている。
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