井野口は、大治本『新華厳経音義』の注文の出典調査を行い、埋もれた『玉篇』の佚文を160例以上確認した。その研究結果は「大治本『新華厳経音義』所引『玉篇』佚文(資料)其一」(愛知大学「国文学」第32号)に発表した。この研究に際しては、大谷大学蔵『三教指帰成安注』・安澄撰『中観論疏記』所引の『玉篇』佚文の収集の結果、ならびに森によって進められている慧琳撰『一切経音義』所引の『玉篇』佚文の調査を生かした。なお、上記論文の続編は平成5年度に発表する予定である。 このように、『新華厳経音義』・『三教指帰成安注』・『中観論疏記』・慧琳撰『一切経音義』および善珠撰『因明論疏明灯抄』などに見える『玉篇』佚文を調査・収集してきたが、一方で平成5年度の研究計画を実現すべくその準備を開始した。これは徐々にではあるが、『新撰字鏡』にみえる「正音、借音」と表記された注文の用例の収集と『五行大義』所引の『東宮切韻』佚文の収集を井野口と森との共同作業で行いつつある。詳しいことは、平成5年度の本格的な調査をまつべきだが、『新撰字鏡』は『東宮切韻』を利用しているかも知れない。 玄応撰『一切経音義』と『玉篇』との関係の調査は森が行ったが、『一切経音義』は『玉篇』にのみ引かれる「野王案」を確実に引用しており、このことから『一切経音義』が『玉篇』を利用していることが判明した。ただし、玄応『一切経音義』には本文に異同がかなりあるため、この成果の公表には慎重を期したい。また慧苑撰『華厳経音義』も『玉篇』を引用している徴候が認められた。
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