井野口は、大治本『新華厳経音義』の注文の主典調査を行い、うずもれた原本系『玉篇』の佚文を160例以上確認した。その結果は「大治本『新華厳経音義』所引『玉篇』佚文(資料)其一・其二」(愛知大学「国文学」第32・33号)に発表した。この研究に際しては、大谷大学蔵『三教指帰成安注』・安澄撰『中観論疏記』・善珠撰『因明論疏明灯抄』などに見える『玉篇』佚文の収集の結果、ならびに森によって進められた慧琳撰『一切経音義』所引の『玉篇』佚文の調査を生かした。 このような『玉篇』の佚文を収集するかたわら、『東宮切韻』今案部と『玉篇』との密接な関係を証明するために、井野口は「孫強「上元本玉篇」をめぐって-『東宮切韻』今案部と原本系『玉篇』覚書-」(愛知大学「国文学」第34号)を執筆した。これは、胡吉宣『玉篇校釈』が指摘した「上元本玉篇」佚文に検討を加えて確実な「上元本玉篇」の佚文を認定するとともに、『東宮切韻』今案部と「上元本玉篇」との関連(上田正説)を否定し、『東宮切韻』今案部は『玉篇』を引用していることに言及したもの。この論文の執筆にあたって、『和漢年号字抄』(尊経閣文庫蔵)『五行大義』(穂久邇文庫蔵)『浄土三部経音義集』所引の『東宮切韻』の佚文を収集するとともに、『新撰字鏡』にみえる「正音・借音」と表記された注文の用例を収集した。なお、『新撰字鏡』の「正・借音」と『東宮切韻』の「借音」との関連については、なお慎重に調査していきたい。 また、『玉篇』の音韻については森『古代の音韻と日本書紀の成立』(大修館書店)外篇参照。
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