フランス啓蒙主義時代の文学における〈幸福〉の観念を探究するにあたって、私は、この問題を、ノルベルト・エリアスの言言い「文明化の過程」という歴史的文脈の中を考えることにした。「文明化の過程」とは、貨幣経済の進展とともに人間関係の「編み合わせ」が複雑化し、その結果として人間の「心的機構」と関係性の質に根源的な変容が引き起こされる事態を指している。エリアスのこのような指摘は、ルソーの『人間不平等起源論』を新しい視点から読み解くことを可能にするという意味で、貴重であった。 また、〈文化〉ないし〈文明化〉という視点は、ルソーの小説『新エロイール』を歴史社会学的な立場から解読することを可能にしたという点でも重要である。書簡体という形式それ自体が文明化のプロセスの一時点に現れたものであることは当然としても、作品の主題体系や語りの構造までもが、文明的秩序としての都市と自然的秩序としての貴族的所領の世界との対立関係を基軸にしているという点において、エリアス的な主題と無関係ではないことは、強調されるに値することであったと思われる。『新エロイーズ』に、オイコス的世界の防衛と崩壊という観点からアプローチしたのは、そのためである。 最後に、やや付随的にではあるが、「文明化の過程」との関連で抽出された、オイコス、家族、夫婦といった主題が十九世紀前半の文学的世界をどのように照射するかという関心から、バルザックの『三十女』についても触れることができた。家族の崩壊と女性の悲惨を描いたバルザックの作品には『新エロイーズ』への明示的なレフェランスが含まれており、ルソーへの辛辣な回答であることは明らかである。
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