現代ドイツ語における文の統語構造は極めて複雑なものとなっているが、それは、大量の、きわめて複雑な情報をコンパクトな形で伝達しなければならないといった現代社会の要請によるものと考えられる。 ところで、文の統語構造の複雑化は、実際には、情報の担い手としての名詞句に集中しているのであって、動詞句は、いわゆる機能動詞にみられるように名詞句を関係づける統叙の機能を果たしているに過ぎない。 その際、大規模な名詞句、特に、副文およびzu不定詞句は主文との統語的境界を明確にする必要があり、このことが副文における枠構造、zu不定詞句における英語などとは対照的な語順など、主文とははっきりと異なった語順の確立を促したものと考えられる。 以上のようなテーゼに基づき、現在、文の統語構造の複雑化と枠構造、および、zu不定詞句の語順の確立との相関関係について、その時代的変遷、地域的差異をボン大学の初期新高ドイツ語テキストコーパスによって実例を収集し、分析しつつある。 ただ、枠構造、および、zu不定詞句の語順の確立による主文と副文の明確な区別は現代ドイツ語がその成立過程において書き言葉的性格を強めたこととも同時に相関しているが、反対に、近世ドイツ語にしばしば見られる副文やzu不定詞句における枠外配置は単純に文の統語構造が簡単であったことによるのではなく、当時のドイツ語がまだ話し言葉に近く、耳で聞いた場合の分かりやすさを意図したことの表れと解釈される場合が少なくない。従って、このことについても、近世語における話し言葉のシンタクスを情報伝達の視点から相補的に分析する作業が残されていることが明らかになった。
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